殴られた。
ブレアに殴られた。
顔を殴られてぶっ飛ばされたことなんて初めてじゃない。何回もやられてるし口の中を切って血を吐いたことだってある。腹を殴られて吐いたことも、当のブレア本人に魔術を使われて何メートルも飛ばされたことだって記憶に新しい。でも、そんなのとは違う、全然違う、今の自分にとって重要なことは、今、ここで、ブレアに殴られたことだ。私は心のどこかで確信していた。この部屋の中じゃ、誰も私を殴らないって。ソウルは怒っても殴りかかったりすることはないし、ブレアは、どうしてか、いつでも私の味方をするって、そんな、ことを、思って。
違う。違う違う。そんなことを考えていたんじゃない。何も知らないこどもじゃないんだから、自分がどこに行っても誰からも優遇されるなんて思っていたわけじゃない。今回のことは明らかに私が悪だ。やらなくてもいいことをしてだから殴られた。理解している。納得してるしもうやらないと思う。そんなことじゃない、ブレアに殴られたことが、ここまでショックで、そのショックの理由を甘えだと考えているこの頭が、死にたいくらい嫌なものに思えるのだ。
格好付けたって仕方がないのに、私は大人のふりをしてこどもの自分をいい気になって観察して、その癖そんなことが恥ずかしくてたまらない。もうどうしたらいいのか分からなくて、足を抱えたまま床に転がっている。立ち上がったり目を開けたりすれば、さっきの光景がよみがえって、もしかしたらまた、またさっきみたいに誰彼構わず殴るかもしれない。さっきみたいなイラつきはないけどそれが怖い。殴られるのも殴るのも好きじゃない、本当は。だから私以外の気配がしないこの空間は、今はとても落ち着く場所で、
「マカ」
場所の、はずなのに。
頭に呼吸を置かない声がうずくまっている私の上から降ってくる。こちらの返事を期待しているわけでもない冷めた声だ。顔を見たくない、けど声で誰かなんて簡単に分かる。
ソウル。
「怖くないから、握らない」
暗号みたいなこと言うな。
「今のマカは、怖くないから、手を握ろうとは、思わない」
……分かりやすく言い直したって無駄なんだよ。
答えたくないから何も言わない。ソウルだって多分私に何か答えて欲しいなんて思っていないだろう。それできっとこの言葉で、今日のごたごたをなかったことにするつもりなのだ。別に嫌じゃない。それで気が治まるなら好きにすればいい。私だって、好き好んで殴ったりイラついたりしているわけじゃない。そうならないならそれに超したことはないし、面倒な状況を引き起こしたいとも思ってない。
怖くないから、手を握らないだと?あの馬鹿、職人を見下すのもいい加減にしろっていうんだ。ついでに人の心に勝手に説明をつけるな。思い込みでものを話すな。勝った気になるな。油断するな。
油断、させんな。





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