俺は高校三年生になるのとほとんど同時に家を出て安いアパートを借りた。アパートといっても一応三階建てで、築三年らしい小綺麗な見た目になっている。それでも狭いことには変わりないし、荷物を揃って移動させたら角部屋なのに窓が埋まってしまいそうだった。そんな昼間でも暗い部屋の中で、新羅の表情は逆光になって見えない。好き好んでそんな窓際の狭い隙間に入らなくても、こいつの住むマンションはこの部屋の何倍も広いはずだった。
「臨也もさー」
勝手に移動させたキャスターと背もたれのある椅子(例によってクルクル回っている)に座りながら、新羅はいかにも興味が薄そうに声を出した。背もたれによりかかって頬杖を突き、他人の家だと感じさせない脱力っぷりである。
「ほんと暇だよね」
「暇じゃないって何回言わせるんだよ」
そうなの?と新羅は不思議そうに目を丸めた。パソコンが三台置いてあってその中の一台のキーボードを操作しながら携帯で電話するという、いつの時代のサラリーマンだか分からないハードワークを見て、こいつはいつも暇そうだと言いやがる。
「いや、だってさ、趣味のためにそんなことやってるんでしょ?暇以外に言い方ないじゃない。理路整然とした推察だね」
「一応生活費を稼ぐってのも目的に入ってるんだよ、何が理路整然だ」
反論はするが、その反論を新羅はそもそも聞いていない。窓際に置かれた棚から勝手に本を取り出し、同じところの枯れかけたサボテンを突いて遊んでいる(あのサボテンは誰かが勝手に置いたもので、俺は水をやった記憶が一切ない)。こいつは本当に人の話を聞かない。聞いてはいるけれどもそれを忠告としては決して受け取らない。知識のひとつとして聞き流すだけだ。
「ところで臨也は今何やってんの?」
画面を見ることもせず新羅はそう聞いた。お前は一体何をしにここに来たんだと言いたくなるが、怒鳴ろうが無駄だし怒るのも面倒だった。そもそも怒るようなことでもないか。
「出会い系サイトの運営」
「へー、高校生でもやれるんだ」
「できるよ。監視が面倒だけどね」
「ねえ、それってさ、前から疑問に思ってたんだけど」
はあ、と横を向くと、物凄い距離に新羅の顔があった。床を蹴ってここまでやってきたらしい。俺の椅子は机の付属品の粗末なもので、とっさに何かを避けようとすると後ろにひっくり返ってしまう。新羅は距離を気にする様子もなく画面を指差した。
「斡旋事業なの?」
「斡旋って、さあ。細かい対応は俺じゃできないよ。好きな奴らが勝手に会うだけだろ」
「じゃあもうひとつ。これって男同士でも使ってる奴っている?」
俺は反応に困る。いや、別に疑問に答えられないわけじゃないが、数少ない友人がもしかしたら持っている趣向に対して、ひと言入れるか入れないかで迷ったのだ。
「何だよ、管理人だろ。答えてよ」
「まあ、いないとは言わないけどさ、本当に興味があるんだったら専門サイト行った方がいいと思うよ」
「そこまで興味があるわけじゃないからいいや」
新羅は聞いた癖にすぐその疑問を引っ込めると、ようやく椅子を引いてまた窓際の狭いスペースに収まる。今度は背もたれに寄りかかることはせず、普通に座って足を組んだ。俺は体を画面からそむけたまま、新羅に向き合う。少し興味が湧いたからだ。とは言っても、本当にただのゴミみたいな興味だが。
俺が自分を見ているのに気付いたのか、新羅はうん?と顔を上げた。少し眉をひそめる。
「何だよ、何か用?」
「いや、新羅は毎回人んち来ては何もしないで帰るけど、一体何がしたいのかって思ってたんだよね」
「臨也は客にお茶も出さないしね」
「飲みたかったら勝手に飲めばいいだろ、そういうことじゃなくてさ」
「?意味が分からないんだけど」
俺は口に出すかまだ迷っていて、あーとかうーとか無駄な呼吸音を繰り返していたが、最終的は自分でも驚くくらい無感動に声を出していた。
「新羅は男と寝たいわけ?」
「あ?」
新羅は一瞬本当に意味が分からないという感じで目を丸くしたが、すぐにああ、と手を叩いた。
「ああ、あー、そういうことになるのか、うん、そうだね、そうなっちゃうね、そうかもしれない。うん、むしろそうなんじゃない?そうだそうだ、そうだったんだよ」
酷い答え方だ。俺は目を細めたが、こいつが馬鹿だとは思わない自分がいて、それにも驚く。新羅も俺と同じで、やりたいことをやって言いたいことを言っているだけだ。そこには他人に対する遠慮も見栄もない。そもそも新羅の意識に他人なんてものが存在するのかも疑問だ。きっと殴られようが蹴られようが、そこに欲しいものがあるなら妥協しないし止めたところで振り切って突っ走るだろう。それが相手の得になるか損になるかは、今の俺が分かるはずもない。
じゃあさ、と新羅は大袈裟に手を広げた。入学当時とほとんど変わらないブレザーの襟が広がり、五月も終わりだというのにやたらと厚着しているのが分かる。
「臨也、相手になってよ」
「……はあ?」
今度は俺が目を丸くする番だった。新羅はまるで唯一の素晴らしい思い付きであるかのように、手を広げたまま戻さない。俺は無視して画面に向き直ったが、新羅はまた近付いてきて俺の肩を掴む。
「何でだよ、臨也なら清潔そうだしさ、ちょっとくらいいいじゃん」
「清潔ってな、どんな選び方だよ」
「いやだから、臨也は相手を選ぶでしょ?避妊もするし面倒も避けるでしょ?だから僕と性行為に及ぼうが病気になる確率はかなり低そうだって意味だよ。あと僕は未経験だしさ、こっちは心配しないでいいよ」
ペラペラとどうでもういことを並べ立てる。どうやらこの馬鹿の頭の中には相手への愛情とか恥ずかしさとかより、行為そのものへの興味に絶対的な重きを置くらしい。そして驚いたことに、そこに男同士ということへの嫌悪感はまるでないようだ。俺は新羅の壮大な人体実験に付き合わされているようで、中学から変わらない童顔から顔をそむけた。
「そういう趣味の奴紹介してやるから俺のことは諦めてよ」
「その言い方は酷いよ、まるで僕が臨也を好きみたいじゃないか」
「好きじゃないって?」
「嫌いじゃないけどね。臨也は僕のこと好きなの?」
まさか、と俺は鼻で笑う。が、笑った直後にふと思い付く。本当にそうか?俺は人間全体に興味がある。だから個人を好きにもならないし嫌いにもならないと思っていた。本当にそうか?嫌いだったらそもそも部屋になんて入れないしな、ってことは俺は新羅をパーソナルスペースの中に入れてもいいと思うくらいには好きだということだ。面白い。自分を含めて人間の感情には予測可能な部分と予想外の道へ転がっていく部分があって実に興味深い。俺はこの「好きかもしれない」が勘違いであろうが一時の迷いであろうが本気だろうが割とどうでもいい。一度面白いと思ったことはどうしても実行したくなる。たとえそれがすぐ飽きるとしても、だ。
俺はパソコンから目を離し、椅子の低い背もたれに寄りかかった。膝の上で指を組み、何かを考えるふりをする。実際は何も考えていない。結論はとっくに出ているから。
「分かった」
「分かった?」
「相手になってもいいよ」
「おおっ、ほんとに?」
うん、と頷いてみる。新羅はおおお、とまた大袈裟に喜ぶそぶりをするが、それきり特に何があるわけでもない。最初の距離を保ったまま、椅子の上ではしゃいでいる。俺は一分待ったが、やはり変化はない。
「……新羅」
「何だい?」
「しないのか?」
「ええっ、今?今からするの?明日も学校だよ面倒だよ」
案の定だ。俺は思いっ切りため息をついて見せると、椅子から立ち上がって新羅の腕を引いた。人体構造には興味があるらしいけど自分を鍛えるという発想がないらしく、新羅の体は簡単に持ち上がる。「わっわっわっ」まぬけな声を無視して部屋の角に埋もれるようになっていたベッドに放り投げた。カーテンの隙間から漏れる光は大分弱くなり、俺は後ろを振り返ってどうやら太陽が雲に隠されたことを知る。その薄暗い部屋の中で、半分倒れた状態の新羅はいまだに状況が飲み込めないのか、ぽかんとした顔をさらしていた。俺は半分膝をついてベッドに上がる。
「俺は」
何故だろう、妙な嫌悪感はあるにはあったものの、ほとんどどこかに消えてしまっていた。今はざらついた塩みたいな好奇心だけがあって、俺はその上に寝転がってどんどん水分を抜かれているみたいだった。
「俺は、多分今しかいいなんて言わないよ?」
「それは臨也が今興奮しているって意味かい?」
「違うって」
「大丈夫、別に僕は何とも思わないからさ!男性同士の性行為は基本的にはまず性欲から来ているんだ。子孫を残すために必要のない行為だから快感を得るためというのか、唯一の目的と言ってもいいよね。相手への愛情は二の次、三の次さ。恋人が恋人を作って怒るのは相手側に問題があると言えるくらいだ。だからさ、臨也が僕を嫌いでも僕がセルティを宇宙で一番愛しているとしても、今ここで臨也と僕がセックスすることに何の問題もないよ。明朗快活、一石二鳥だ」
「じゃあ、服くらい脱いでくれないかな」
やたらと小綺麗なブレザーにシワが付いている。俺はすぐ側にある薄そうな壁を眺め、この時間の隣人のことを考えた。俺も新羅もぎゃあぎゃあと口うるさく騒ぐタイプではないが、何しろ初めてのことで勝手が分からない。新羅はいちいち起き上がって落ちていたハンガー(恐らく俺の制服用のもの)にブレザーと、着ていたカーディガンをかける。ワイシャツは脱がずにネクタイだけ取って、ばたんと勢いよく寝転がった。無防備な犬みたいだ。
「脱いだよ、さあやってくれ」
「診察と一緒にするなよ」
「同じだろ?何にせよ体に触るんだしさ。僕はよく分からないし正直臨也にあんまり触りたくないからさ、よろしく頼むね」
「新羅は本当に、見た目で人を評価しないよね……」
俺は呆れ気味に言ってやったのだが、案の定新羅は怒るどころが逆に喜ぶ始末でどうしようもない。とりあえずどうしようもないので、貧弱な腹にてのひらを当てた。女相手なら色々とやる手段でも、男、特に新羅になんて全くやる気にならない。俺はいまだにどうすればいいのか迷っていた。遠くから声が聞こえるが、俺も新羅もずっと無視している。「今ならやめられるぜ?」
新羅の腹は何もつまっていないかのように平べったいが、一応生きているらしく服越しでも生温かった。新羅は足と手を投げ出したまま身動きをしない。俺はずる、とシャツの下に手を入れた。腹を押しつつ心臓の方に撫でてみる。こどもみたいな柔らかい腹だ。実際こどもなのか。新羅は押される度にぐえっと潰れた声を出した。
「ぐ、ぐえっ、えっうえっ、い、臨也、これ全然気持ちいいと思えないんだけど!」
「いつも気持ちよさそうに突かれたり絞められたりしてるから、これでいいと思ってたよ」
「あれは相手がセルティだからで臨也はそういう対象じゃないっていうかぐえっぐえっえっ首っ首絞まるっ苦しっうぶぼわはあ」
新羅はシャツのボタンを特に外さずにいたので、俺の手が上がれば服もずり上がっていく。最終的に首元まで上がった服は、暴れる新羅の首を絞めて息を止めさせていた。俺は久しぶりにこいつは馬鹿だと思いながら、シャツごと持ち上げて解放してやる。
新羅はぜえぜえと呼吸をしながら、髪をライオンみたいに振り乱していた。俺は襟を持ったままで、この馬鹿の体が随分軽いことに気付く。中学から変わらない童顔に涙と脂汗とよだれが浮いていて、俺はじっとそれを見た。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。この気色悪さは異常だ。でもどうしてだろう、これがそのものだという感覚がある。この気持ち悪さが俺が愛する人間そのものなのだという確信がある。綺麗な部分なんて何ひとつない。皮を剥こうが外見を取り繕うが全く変わらない。完璧に同一なのだ。
俺は口を開けて、新羅の頬を噛み砕くような真似をした。当然そんなことは無理なので、舌が唇の上の方をなぞっただけだ。新羅はびくっと頭を揺らしたが、俺がシャツの襟と足を押さえているので逃げられない。別に取って食うわけじゃない。俺は口を新羅の口に合わせる。絶対しないだろうと思ったことをやっている。新羅は予想外の出来事だったらしくあんぐりと咥内を開けていたので、舌先で歯をなぞってから襟を引き寄せて口の中をねぶる。がち、と新羅の眼鏡が俺の額に当たった。腕がビクビク動いて、俺の肩を押す。数回小突かれたくらいでは握力の差は動かないらしく、俺はたっぷり一分も続けていただろうか。思いっ切り押されて反動でベッドにひっくり返るまで手を離さなかった。
新羅は荒い息をして、目を見開いたままシーツの端を見つめていた。口にはよだれの跡が残っていたが、それを拭こうともしない。俺は改めて口を拭うと、膝立ちのままにじり寄ってもう一度新羅の両手を押さえた。
「なあ、俺言ったよね」
「……い、ざや、ちょっと待」
「今しかいいって言わないってさ」
今なら訂正がききそうだ。そうだ、俺は興奮しているのかもしれない。その対象が状況なのか新羅の反応なのか目の前にいる人間そのものなのかはいまいち判別が付かないが、キスが気持ちのいい行為なのは明白だ。そして恐らく俺にとって、相手が誰かというのはあまり意味がない。俺のことを占い師か何かと勘違いして寄ってくる女とも、殺意を持って殴りかかってくる相手とも、俺は同じことをするだろう。新羅は知り合いで、家に囲っている化け物以外には興味がない変態で、ある意味都合がいい。あとのことを何も考えないで済むからだ。
俺は新羅の顎を押さえると、額がぶつかるほど近くに顔を寄せた。新羅は目の端に涙を浮かべてはいたが、その奥の方に気持ち悪いくらい純粋な興味が浮かんでいた。未知のものへの興味。
「新羅さあ、意味分かってて俺を誘ったんでしょ?」
「そ、そりゃそうだよ、離せって」
「家にいる運び屋以外に迫られても、結局は同じだろ?さっき自分で言ったもんな、快楽は好意とは別物だってさ。だから、新羅は全く遠慮せずに、思うがまま悦楽ってやつに身を任せればいいんじゃない?」
「あいか」
新羅は何かを言いかけたけど俺はみなまで言わせずにまた口付けた。というよりほとんど噛み付いた。がつ、と歯が当たりそうになったがそれは避けて、顔を持ち上げて言う。「口開けろ」。もう一回。今度は新羅は放心したみたいに口を開けていたから俺はまた舌を差し込んで咥内を舐めた。何の味もない。俺は新羅に茶なんて出さないし新羅が何かを飲んでいる様子もなかった。新羅は左手で俺を押し返そうとしていたが、呼吸困難で力が抜けているのか頼りない動きでしかない。新羅の喉が動いて何かを飲み下している。同時にがほっと激しく咳き込んだ。俺は口を離して、一度ベッドから飛び降りた。げほごほを続けている新羅の足を引っ張り、起き上がって座り直すように促す。新羅はぐったりしていて言うことを聞かないので、俺は勝手に腰のベルトを外すことにする。
「ちょ……臨也、げほっ、何やってんだよ」
「見て分からないっての?フェラチオ」
「……本気すぎるよ、ってか臨也が僕に奉仕なんて、驚天動地どころか空前絶後で天地開闢の時だ」
「制服、汚れていいなら脱がなくていいけどさ、さすがにスラックスに精液がこびりついてたら君の相方も不審に思うんじゃないの」
もしここで、新羅が同居人への罪悪感に埋もれて顔でも歪ませたら、俺は多分嗜虐心に溢れてそれは楽しげにいつものひとり言を言うだろうが、新羅は全くそんな様子を見せず、かといって恥ずかしがるようなそぶりも見せず、ただ体を動かすのかったるいとでも言いたげにベルトを外した。下着も一緒に下ろしてしまう。こいつには躊躇とか戸惑いとかそういうものはないのかと思ったが、俺の方も初々しいソープ嬢みたいな人間じゃなかった。だらんと頼りなく垂れているペニスを見て、さて、とは思ったが自分の言葉通りの行動を取る。くわえて、口の奥に入れた。新羅はぶるるっと犬のような震え方をする。
「あっ、く、う」
未経験だと言っていたからフェラをされるのも初めてなんだろう、最初が男、しかも友人というのはあまりない経験のように思うが、よく考えてみれば来神は男子校だ。よくあることなのかもしれない。俺は股間のすえたにおいに埋もれながら、何故かやけに集中していた。新羅に快楽を与えようという意志はなく、どうしてこんなことをしているんだろうという興味に突き動かされていた。誰の口であろうと手であろうとしゃぶられたり擦られたりすれば(不能でないかぎり)勃起するし、それは新羅も例外じゃない。俺は口の中でビクビク脈打つものを噛み千切りたい衝動に駆られたが、そんな暴力は俺の好みじゃないし、そもそも血が出るのが嫌だった。ついでに新羅の同居人はしてくれるの、みたいな質問をしたかったが、口が塞がっていてそれもできなかった。今度からフェラをするのはやめよう。
「い、ざやっ、も、もういいって、ば」
新羅は何が苦しいのか、途切れ途切れの声でそんなことを言う。俺は集中しているから聞こえない、ふりをする。本当は全部見えている。新羅の尿道から先走りの苦い汁が出る。俺はそれを舐めとって、口を離した。付け根を押さえて、顔を上げる。言われた通りにしたのに、新羅はどこか呆けた顔をしていた。俺はこの変態でも人並みに快楽を求め、得ていたものが途中で喪失することに不満を感じる人間だったことを知って嬉しくなる。
「新羅ァ、うつぶせになってよ」
「うつ、うつぶ?」
「そう、下向いて、腰上げてくれない?」
ぎく、と新羅は目に見えて顔を強張らせた。言わんとした意味が分かったらしい。
「そ、そこまでやんの?」
「最後までだよ、このままじゃ苦しいでしょ」
言ってペニスの付け根を強く押さえる。新羅は苦しそうに呻いて、かくかく頷いた。震える手と膝でベッドに乗り、俺に向かって尻を突き出す情けない格好をする。これじゃあいじめみたいだな、とぼんやり思ったが、いじめられているのはどちらだか分からなかった。俺は昔読んだ小説で、学校の校庭に尻丸出しで固定して放置、というシーンがあったのを思い出したが、思い出したところで何が変わるわけもない。俺がそんな陰湿的な暴力を備え付けているわけでもない。
潤滑油みたいなものは常備していないので、俺は唾液で用を済ませることにする。指を二本ばかり口に入れて(奥まで突っ込んだので吐きそうになった)、尻の穴になすり付けるようにする。自分で尻穴をいじる自慰のことを何て言ったかな、と考えたが、どうしても浮かんでこない。つまりは知識が欠落していた。
俺は死んだように丸くなっている新羅の背中をなぞって、やけに細いことに驚愕しつつ、顔に到達して口を探り当てた。「舐めて?」と言うと新羅は大人しく口を開けて、俺の指を含む。指を他人に舐められたのも何だか久しぶりで、俺は妙にぞくぞくしていた。楽しい、興味が尽きない。俺はここまでやっておいてやめてもいいんだ。飽きたとか言って簡単にやめられるしきっと新羅もそれを望んでいる。
でも、やめない。やめない方が面白いし次にいつこんな機会があるかも定かではない。もしかしたら永久に存在しないかもしれない。なら最後までやるのがいい。俺も新羅もこどもだ。遊びを途中で止められたら悔しいし怒る。俺は新羅に舐めさせた指でもう一度尻をいじり、何となく入り口だけほぐした。あとはもうやってみるしかない。
はは、ははは。知らずに笑い声が混じる。新羅はちら、と顔を向けて、不審そうな目で俺を見た。
「何笑ってるんだよ」
「いや、ねえ、これから俺と新羅はセックスしてしまうわけだけどさ、それについて色々考えてたんだよ」
「何それ、考える必要、あるわけ?」
「あるんだよ。新羅は俺に何か、こうさ、言って欲しい言葉のリクエストとかある?よっぽど酷いこと以外は言ってあげるよ」
「……『この早漏野郎』だね」
「はあ?ああ、早く終われってことね」
そう、と新羅は頷く。少しだけ同意できる。夜になる前に、部屋に夕日が差し込んでいる間に終えてしまおう、それがいい。
俺もベルトを緩めて下着を下ろすと、意外にも女子相手の時と同じくらいに勃起しているのが分かって、数秒黙り込んでしまった。何だよ、俺も十分変態だな。友人のをしゃぶっただけで勃ってしまうとは、まあ都合がいい。穴にあてがって、ぐり、と押し込む。
「かっ、は、あがっ、」
どちらが呻いたのかよく分からない。俺は苦しいし新羅も苦しそうだ。明らかに慣らしが足りないせいか、中々前に進まない。新羅に覆いかぶさるようにして挿れていく。「うぐっ、がはっ」。酷い呻き声だ。でも俺達は恋人同士でも何でもない。抱き寄せてキスでもして緊張を和らげるなんて真似はしたくなかった。あくまで無理矢理だ。まるでレイプだ。気にしない。
どうにか根本まで入る。ただ動かせる気が全くしない。俺はぜえぜえ言っている新羅の腰から手を回し、反射で勃ち上がっているペニスを掴んだ。背中が跳ねる。
「この知識だけは、あるよ。大腸の奥と前立腺は近い位置にあってさ、ここから突かれると気持ちいいんだってね」
「いざ、や、もういいから、離せ」
「やだよ、俺も苦しいからね」
ざらりとした感覚がある。さっき口に含んだからか、まだ滑りやすい。ざりざりずり、と俺は手の感触だけでそんな音を聞いた。こする度に大腸の穴が緩くなっていくような気がするけど、そんなのはただの気のせいだろう。
「っはぁ、あっ、はっ、うぁっ」
新羅の声がここに来て初めて甘みを帯びる。顔を覗き込むと、真っ赤になってほとんど泣いていた。シーツを掴んで健気なことだ。俺は新羅の腰から一瞬手を離すと、抜けないと思っていた自分のを少し抜いて女の子にするみたいに腰を動かし始めた。ざりっ、という音が二重になる。さすがにここまで女のようにはいかず、いつまでも残る不快感と抵抗がある。それでも何回か動いていく内に、手の中のものが射精直前のようにビクつき、実際その通りにどろりとした液体が手の平に落ちた。新羅はぜいぜい息をしている。これで終わったと思ってるんだろう?残念だがこれはレイプみたいなもんなので俺が満足するまで終わらない。
俺はまだ新羅の尻を掴んだまま、精液が付いたままの手で新羅の頭を触った。まるでワックスだという風に撫で付ける。新羅は無抵抗で、呼吸するのに必死だ。涙とかよだれとかで酷いことになっている顔をこちらに向ける。何か言いたそうだが届かない。
「あはっ、はははっ、はははははっ!!」
もうこの時点で隣の住人の存在なんて完璧に吹っ飛んでいた。俺は何が面白いのか分からない笑い声を弾けさせながら、ひたすらに腰を打ち付けていた。新羅は相変わらず苦しそうだ。時折俺の名前を呼んでいる。「いざや、やめろ」。聞かない。本当に聞こえていないのだ。俺は頭がおかしくなりそうだった。笑いたくもないのに笑ってるなんて、おかしい以外の何物でもないだろう?
ぐちゃり、ぐちゅ、ずちゅ、という音だけ聞こえる。反った新羅の背中を見ながら、俺は唐突にゴムを付けていないことを思い出した。清潔な印象が台なしだ。でも、今更どうする、とも思う。出しちまえ、いい経験だっただろ?新羅が泣くのも見れたし、男とセックスするのだって初めてだった。こんな体験は中々できることじゃない、お前の人生の中で、これから何回「初めて」を経験するのかは知らないが、これはその内の貴重ないくつかに入る。そうだろ折原臨也。
後悔してる場合じゃないんだ。















射精のあとの虚脱感と虚無感は異常だ。今回は特に。快楽よりもそれが勝ってしまって、俺はしばらく動けずにいた。抜くとそれにつられてどろりと尻から精液が垂れてくる。俺も新羅もどろどろの状態。日はほとんど沈んでいて、室内は気温が下がっているはずなのに、こんなに汗だくなんておかしいんじゃないのか。
俺はぐら、と倒れるみたいに後ろに下がって、机に当たって止まる。思わず手をついたが、手はまだ精液で汚れていた。ぐ、と込み上げるものがあるが、視線を前に移す。
「……風呂、便所の横だから、入ってくれば」
「あ、ああ、うん、そうだね」
死んだかと思っていたけど新羅はやっぱり生きていて、ワイシャツのボタンを外しつつ歩きにくそうに風呂場へ向かった。他人が風呂場を使うのは初めてだ。他の女と寝た時も使わせないで帰らせていたから。
ザー、と水音が聞こえてきた時点で、俺も動き出すことにする。とりあえずテイッシュで拭くものを拭いてベルトを締め、台所に向かった。蛇口を捻ると、意外に冷たい水が出る。俺は手をこすり合わせて洗う。明日のことを少し考えた。新羅と顔を合わせて気まずくなるだろうか?いや、ならない。それだけは確実だ。俺は平気な顔で挨拶するだろうし新羅だって平気な顔で登校するだろう。もしかしたら「臨也とセックスしたから腰が痛いよ」くらいのことは言うかもしれない。
予想がつかない。もちろんそれが面白い部分でもある。俺が関わって、俺が積極的に招いた事態だ。でも俺の考えもしない方向に転がっていく。それが普通だ。今回だって、新羅が本当に男と寝たかったのかははっきりしない。あいつがよく分からないまま頷いただけかもしれない。どちらにせよ、もう終わったことではあるけど。
「風呂、どーしようかなー」
ぼそ、と出た声は普段通りの自分の声で、掠れていなければ上ずってもいなくて、俺は自分に失望しかける。もっと動揺していればいいのに。





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