「噂のコナンくん」は確かに小学生らしからぬ顔で俺を睨みつつ、やけに器用に蝶ネクタイを決めていた。首がこちらにひん曲がったままで、よくもまあその状態で着替えをこなせるものである。 何か話した方がいいのかねえなどと思いつつ、自分より丸々十歳年下の人間と喋る内容など何も思い付かない。蘭の話だと大分大人びていて、「凄く頼りがいがあるよ!」とのことだったが、ただの小さいこどもである。 上から見下ろしていると本当に小さい。つむじがどちらに巻いているのかさえ見える。シャツの袖を留めていて頭部は無警戒。がしっと頭を掴んでみる。 案の定というか、「コナンくん」は大いに慌てて手を振り払った。軽い身のこなしで一歩どころか三歩くらい飛んで叫ぶ。「何しやがる!」 「や、クレーンゲーム?丁度持ちやすい大きさだったんで」 「持つな!」 「俺の手に収まる程度の脳みそだってことだろ?」 そんなわけあるか!とこどもが跳ね回るみたいに(というか実際こどもなわけだが)怒りをあらわにするコナン少年。折角うまく着たジャケットが崩れて裾がはみ出している。その頭を簡単に押さえつつ、俺は学校で何回も聞かされた蘭の噂話を思い出していた。 「……『コナンくんってね、凄く大人っぽいんだよ!』」 ぴたっと止まる、生意気なこども。 「『好き嫌いもないし、何でも気が付くし、何でも知ってるの!ほんと凄いよね!』」人の声真似は得意じゃないが、何となくそれっぽい声で喋ってみる。大人しくなった小さいのの視点に合わせてしゃがむ。今度は目をそらしている。 「言っとくが、今のは俺の捏造でもなんでもねーぜ?正真正銘、『蘭ねーちゃん』からの誉め言葉だ、嬉しいだろ?」 「………………」 黙りこくって顔をそむけているが、一丁前に頬が赤くなっている。ここまで分かりやすいと、全然気付かない蘭の方に何か問題でもあるんじゃないのかと思ってしまうが、そのままで全く構わないので俺から指摘はしないでおこう。 俺に頭をこねられるままになっているちっこいのは、急に首元の蝶ネクタイをいじり出した。中に付いているダイヤル?のようなものを回して、一回咳払いをする。 振り返った顔には、もう赤みはなくていつもの生意気なジト目が戻っていた。 「『知ってたコナンくん、新一ってレーズン食べられないんだよ、無理に食べると涙目になって息をつまらせるの』」 「!!!???」 「『こどもの時はまだね、推理オタクに毛が生えたくらいでさ、全然違うことも自慢げに言ってたんだよ。漢字とかもずっと間違えて読んでて、わざわざ難しい方にしちゃうの』!!」 「があああああやめろやめろ!」 そうだこの蝶ネクタイ、好きな声が出せるとかいう博士の迷惑な発明品だった!癇に障る顔と蘭の声で、クソガキはどこから聞いたんだか分からない俺の過去を喋りまくる。しかも何という無駄な記憶力、蘭の喋り癖まで真似ていた。襟を掴み上げて体を揺すっても、強引に喋り続ける。 五分くらいたったあとには二人揃ってぜいぜい言っていた。折角着たジャケットは無残な姿になり、ちっさいのに至っては床にぐたっと転がり死にかけている。俺はそいつの反撃を散々食らい、腹の下辺りを蹴られまくって今にも吐きそうな惨劇だった。 ちっさいのはよろよろ立ち上がり、部屋の隅から椅子を引っ張ってきた。座るのに移動させる必要はないだろうと思っていたら、そいつは椅子を俺の近くに寄せた。 まさか俺に座らせてやるつもりじゃないんだろうが、何かと思って見上げると、ちっさいのはどうにかそこに上り、勢いよく俺の腹の上に飛び降りるべく屈伸をしているところだった。 「ちょっちょっちょっと待ったお前探偵としてその行動はどうかと思うぞ!?」 「やるからには徹底的に容赦なく、ってホームズが」 「ホームズはそんなことは言ってない!それは悪党の論理だろって本気で飛び降りんな!!死ぬだろ!!」 「…………」 「今いい気味だっつっただろこのチビ!」 再び襟を掴んで地面に引き倒し、こども相手にマウントポジションを取って安心する俺を、蘭の蹴りが襲うのはこの一分後のことだった。ひでえ。
2009:12:01
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