部屋の中はさぞかしがらん、としているんだろうと思っていたが、予想以上にものでごちゃごちゃしていた。俺達が持ってきたものが膨らんだスポーツバッグだけなのとは正反対だ。
前に住んでいた住人は夜逃げでもしたのか、生活の痕跡が丸々残っていた。家具や電化製品だけではなく、棚の中身や壁に貼られているポスターまでそのままだった。さすがにゴミなどは捨てられているが、このままだと冷蔵庫の中からカチカチの冷凍肉とかが出てきてもおかしくない。
「わー、見てよこのソファー。どうしたらここまで真っ赤になんのかしら、こんなの初めて見た」
玄関で凍り付いた時間がようやく解け、俺とマカはおずおずと室内に入る。確かに、随分派手な内装だった。床はピンクのタイル、ダイニングには丸テーブル、蓄音機らしきものまでリビングに置かれている。何だここは、モデルルームでもやっていたのか。
「これなら、消耗品買うだけで済みそうだね」
「全部前の奴の使い古しってのはちょっと気分悪いけどな」
食器棚を開けると、埃を被った皿やコップがしまわれていた。デザインが随分古い。普段使いのものは新しい住居に持っていって、残りは俺達に押し付けたんだろう。学生寮とはいえ、あまり嬉しくないプレゼントだった。
マカはそこらじゅうの棚を開けたり閉めたりしていた。さすがに冷蔵庫の中身は空っぽだった。台所の上の方にいくつか未開封の調味料がしまわれていたが、何に使うのか分からないものの上に(どうやら輸入品らしい)賞味期限が切れていた。入居して一日目は、部屋の掃除から始まることになりそうだ。
ソウル、と呼ばれたので振り向く。パートナーを組んでからそう何日もたっていないが、マカは当たり前のような親しさで俺を扱うので、緊張とか居心地の悪さをすっ飛ばして別の感情が生まれそうだった。反抗期のきょうだいみたいな、そんな気持ちだ。
「どっちが自分の部屋か決めようよ」
「どっちでもいいよ」
「どっちでもいいはなし。掃除も含めてるんだから早く来るの」
マカは癖なのか、眉間にシワを寄せて荷物を持ち直した。仕方なく俺も、リビングの奥の方の部屋へ移動する。
こじんまりとした部屋は、リビングとは違って青いタイルが敷かれ、ここだけ何も家具がなかった。唯一あるのは壁に貼られたポスターくらいで、その趣味の悪さからして、リビングに貼ってあったものと同じだ。ここの部屋の持ち主が貼ったんだろうが、剥がしてから出ていけばいいのに。
ぺら、とポスターをめくってみるが、後ろに人骨が塗り込めてあったとかそういうことはなかった。周りと比べて壁紙の汚れもないし、何の理由もなく貼って、何の理由もなく剥がさなかったんだろう。
「わー、可哀想に。ここの部屋の人はベッド買うまで寝られないわね」
「他人事だな」
「他人事よ」
どうやらマカはこの部屋を俺に押し付けるつもりのようだった。荷物を持ったままもうひとつの部屋へ移動して、
「こっちは揃ってる。じゃー、部屋掃除し終わったら言ってねー」
とだけ叫んで、ドアを閉じてしまった。俺は肩をすくめて荷物を直接床に置く。掃除も何も、床の拭き掃除でもしろってのかよ。















何もする気が起きないので、ダイニングに置かれたいかにもそれらしい丸テーブルの前に座る。前に住んでいた奴の趣味なんて全く分からないが、丸々置いていくということは、もしかしたらこの寮に備え付けの家具なのかもしれない。だとしたら死武専の趣味も知れない。
マカがこもっている部屋からガタガタ何かと格闘する音がする。あの体格ではひとりで全部掃除なんて無理に違いないのに、頑張るものである。かといって俺も他人のことは言えない身長だが、自分から口にするのは何となく屈辱だった。
台所の棚をあさって鍋やフライパンまで見付け出していると、マカがやけに元気よく部屋から出てきた。テーブルに紙を叩き付けると、俺を手招きする。
「食事当番を決めなきゃ」
はあ?と顔を歪める俺とは対称的に、マカはさらさらペンを走らせ、やけにまっすぐな線で表らしいものを作る。一週間のカレンダー。
「掃除は明日からちまちまやってくにしても、ご飯は食べなきゃやってらんないでしょ。毎日買うわけにもいかないしさ、作らないと」
俺はうんざりした。そうだ、寮とはいえここは独立している。家事やら何やらは全部自力でやらなくてはいけない。言っておくが、俺はこの年で何もかもうまくこなせる、なんて人間ではない。それどころか、家事なんてほとんどやったことがない。マカのことは知らないが、ローテーションを決めようとしているということは、多少はできるということだろうか?
「買い物は二人で行くとして、朝と夜は分けた方がいい?洗濯掃除ゴミ出しと、あとはソウルの部屋の家具をどうにかしないと……」
「お前、ほんとに俺と同い年か?年誤魔化してんじゃねえの?」
「失礼な!あんたがこどもっぽいんでしょご飯も作れないの情けない!」
「お前は全部できんのかよ」
「で、できるわよ!」
そのどもりでこいつの言っていることが口だけということ確定。お互いの家庭状況とかは全く知らないが、少なくとも今までひとり暮らしだったということはないだろう。明日からいきなり、どう生活していけばいいのか分からないとは。
マカはぐっと黙るが、一度言ったことは撤回できない性格らしく、紙をくしゃくしゃにしたりはしない。
「け、けど、明日も授業あるんだから、どうにかしないといけないのよ……そうよ……寝る前に絶対決めないと!じゃないと学校行けないんだから!」
はいはい、と俺は目をそらした。家具だけは揃っているけど、この部屋には決定的なものが欠けている。こども二人で暮らしていくという、経験。それを支えてくれる人間も、それを放り出して逃げ出す人間も、ついでに言うなら帰る場所も、ここにいるガキ二人にはありそうになかった。















もめにもめた、というわけではないが、とりあえず食事とゴミ出し洗濯の順番は決まる。もっと大人数で住んでいればこんなギチギチしたローテーションを組まなくても済むのだろうが、あいにくここは二人部屋だし、マカには俺以外の武器も、俺にはマカ以外の職人もいなかった。
とりあえず明日の朝はマカが朝食を作ることになったので(言い出しっぺの責任を取る、とか何とか)、見よう見真似で買い出しに行き、一体どう調理すればいいのか分からないものを買い込んでいる内に、辺りは真っ暗になった。今日は学校がないからいいものの、明日からは授業に出つつこれをこなさなければならない。どんな生活だよ、と俺はため息をつく。
何をしたらいいのか何も分からない。洗濯機の使い方、風呂掃除の仕方、便器がつまったらどうすればいいのか、蛍光灯が切れたらどう取り替えたらいいのか、飯の作り方、朝起きれなかったらどうするのか、授業って何をするのか、「魂を取る」ってどういうことなのか。そんなことが何にも分からなかった。分かるのはこの部屋が当分俺とマカの帰る場所になることくらいで、そんな分からない状況のまま、ろくに喋ったこともない奴と夜に向かい合っているってことくらいだった。
娯楽が何もないので、俺はソファーに、マカはテーブルに座って前をじっと見ていた。何を考えているのかは知らないが、全部顔に出ている。不安、緊張、恐怖、今更の居心地の悪さ。多分俺も全く同じ顔をしているんだろう。落ち着くべき場所にいるというのに、全く安心できない怖さ。明らかな他人がすぐ近くにいるという異物感。落ち着けるはずがない。
「……寝る」
マカは誰ともなく呟くと、のろのろした動きで自分の部屋に向かった。職人はかなり動ける奴がなるものだと思っていたが、とてもそうとは思えない鈍さだった。
リビングから人が消えたのをいいことに、俺はソファーに横になった。足を伸ばすには多少窮屈だが、寝れないこともない。照明と趣味の悪いポスター、汚れた壁紙に真っ赤なソファー、明るいピンクのタイルに原色のキッチン。前に住んでいた奴、恐らくは奴らで武器と職人は趣味が真逆のように思える。俺とマカはどうなのだろう。この家具を変えたりするんだろうか。というかベッドやら何やらも揃えなくてはいけないらしい。
どうするんだ、と考えながら照明を見ていたら、いつの間にか寝ていたらしい。目がショボショボする。部屋の中がやけに明るく見えたが、目が慣れていないだけで、時計を見たら深夜を回っていた。
頭をかきつつ電気を消そうと起き上がる。スイッチの位置さえまだ把握し切れていなかった。部屋が暗くなると、家具の位置が分からなくて動けない有様だ。
異空間。一日だけ泊まるホテルみたいだ。全く慣れないし、慣れる気もしないし、帰りたい、と強く思ってしまう。けれどどこに帰るんだ?帰る場所なんてどこにもない。あるけど、俺はそれを思い出したくなかった。浮かぼうとする度に、頭を振って逃げ道を消した。消えてくれる。
不意に、マカの部屋から明かりが漏れていることに気付いた。明かりを消さないで寝ているらしい。そのままにしておいてもよかったが、その細い光の線は思いっ切り俺の寝床のソファーを直進している。俺は頭をかいて、マカの部屋に向かった。
礼儀としてノックする。返事はない。ノブに手をかける。
「……おいおい」
驚いた。鍵が開いていてドアが開いたことにじゃない。開いた先に何かがあって、それ以上開かないようにしてあることにギョッとした。
マカの部屋に入ったことはなかったが、どうやらドアの前に置いてあるのは机や椅子らしい。さすがにベッドまでは移動していないみたいだが、これを押しのけて中に入って電気を消せと言うのは、とんでもなく不可能なことに思えた。
職人に物理的なバリケードを作られる武器ってどうなのか、なんていう疑問が頭に湧いたが、解決しようがないし考えないことにした。きっと、あちらが感じている不安はとてつもないものがあるのだろう。俺が感じているそれの比ではない量。それを取っ払うには、時間とか慣れとか、そういうのが必要なんだろう。
とにかく、今の俺にどうこうする気はないし、できるはずもない。可能なことといったら、せいぜい頭を抱えて、光を見ないようにして寝ることくらいだった。















バリケード騒動は初日だけで終わった。正直ほっとした。何日も続くようだったら、俺の心の方がバリケードを築くだろうと予想していたからだ。マカは普段は特に鍵もかけない。俺もマカの部屋に入る用事などないので、不便は全くなかった。ただし向こうは着替えていようが寝ていようが平気で入ってくるので(しかも俺が鍵をかけると怒る)、対処に困る。
そんなことより大変だったのが授業が始まってからだった。何せ基本的に休みというものが保証されない。さすがに寝ている時に呼び出しということはないが、課外授業で休日が丸々潰れることが多々あった。初めて課外授業とやらを受けた時は、俺もマカも疲れ切っていて、危うく床の上でひと晩過ごすはめになるところだったくらいだ。とにかく最初の頃は慣れなくて、家事をこなすどころではなかった。部屋は汚くなっていくわ食事は不規則になるわで、マカがげっそりした顔になっていたのを覚えている。
「ベッド買いに行かないと」
ぐったりした顔でソファーに寝転びながら、マカはそんなことを呟いた。同じく憔悴してソファーにうつぶせていた俺は、鬱陶しくて顔を上げる気にもなれない。
そう、いまだに俺はソファーで寝ていたのだ。家具を買いにいくも何も勝手が分からないし都合もつかない。というかここは学生寮だし死武専は妙に手回しをする学校みたいだから、ベッドのひとつくらいその内都合してくれるんじゃないかと思っていたのだ。まあ、何も言わなかったら何もないまま一か月が過ぎてしまったけど。
俺は正直好きにしろよという気持ちだったが、マカはこの「好きにやれ」というのが嫌いらしく、何故か俺の意見も聞きたがるのだった。なので仕方なく口を開く。
「そうだな」
「ソウルの部屋のことでしょ、もっとやる気持ってよ」
「やる気ってもなあ」
俺の部屋はいまだに空き部屋状態で、家具といったら段ボールの空き箱くらいしか思い付かない。それもマカが家から足りないものを送らせた際に出たゴミで、俺はそれに自分の服などを入れていた。自分で言うのも何だが、随分安上がりな性格である。
「別に今のままで満足しているんだけど」
「嘘っ!あれで!?ありえない!信じられない!」
「いや、マカに信じてもらえなくても。そんなに嫌なら俺がマカの部屋に」
「それはやめて」
「知ってるよ」
即答の応酬。この即答にマカは怪訝そうな顔をしたけど、今後の関係を考えるに初日の夜のバリケードを俺が知っていたとばらすのはよくない気がしたので、知ってる知ってると連呼して、とにかく曖昧にする。心配せずとも、頼まれたってあのいわゆる「オンナノコ」らしい空間に部屋替えしようとは思っていない。俺は本当に今の状態で満足なのだ。
とはいえ買いに行くのも実に億劫である。マカは強硬に新品を買いたがったが、俺はそれにしつこく反論した。別にそこまで反抗する必要はなかったのだが、お互いに意地を張り合ってどうしようもない状態というのはあるのである。
最終的にマカが折れた。
「分かったわよ……隣に盗みに行けばいいんでしょう……?」
ザッツライト。言葉にして言われると物凄い違和感だけど俺はあえて気にしないようにするね!















つうわけで、俺の部屋を家具で埋めるために、隣から(と限らず空いている部屋ならどこでもよかったのだが)いくつかものを拝借しよう計画が始まったわけで。
「これほどどうでもいいことは生まれて初めてやる気がするわ」
「関係ねえ奴を巻き込んでやる犯罪ってのはわりとわくわくすんなマカ!」
「大声で名前を呼ぶなっつうに」
マカは一応変装しているつもりなのか、髪をひとつにまとめ分厚い眼鏡などをかけていた。対する俺は髪を帽子の中に押し込み、まるで野球少年みたいな外見にされている。
時刻は昼間。午前授業の日だった。アパートの廊下に人の気配はなく、太陽だけが辺りを爽やかに照らしている。俺達は自分達の部屋から出ると、ぎろっと周りを見渡す。誰か来る気配もない。この学生寮、入居者が少ないような気がする。
マカはすい、と音もなく隣の部屋へ移動して、手元から何やら取り出した。ドアノブ近くで動くその手元を見て、俺は再びギョッとする。
「ぴ、ピッキング……」
「授業で習ったでしょ?」
「んなもん教える学校に通ってる記憶なんてねえわ!」
「覚えといて損はないわよ。ま、次に住む人は、ちょっと鍵が回りにくくなっちゃうだろうけど、ねっ」
最後の言葉と同時にガチャンとドアが開いた。手招きされて中に忍び込む。何て職人だ、味方でよかった、というか有能にもほどがあるだろ。
中へ入ってマカはまた鍵をかけた。完全に泥棒のそれである。間取りは全部屋共通らしく、備え付けの家具もいくらかはあった。といっても俺達の部屋にあったような派手なものではなく、学生寮にふさわしい質素なものだ。
「前に住んでた奴の顔知りてえわ」
「私の両親だけど」
「まじでっ!?」
「嘘」
マカはもくもくと辺りを物色している。こいつ、今まで親絡みの冗談なんて口にしなかったと思うが、犯罪中というシチュエーションがマカをハイにしているのだろうか?
ベッドは二つ置いてあったが、状態から見て奥の部屋から一時拝借しようという話に落ち着いた。よっこらせと年齢に合わない掛け声が同時に出て、どうにかベッドを持ち上げる。そうして歩き出そうとした瞬間、
「……じゃ、そろそろお願いします」
とかいう声がして、ぞろぞろ人が入ってくる足音がした。俺とマカがぽかん、とした顔をしている内に、ベッドをパクろうとした部屋の前に、その複数人が集合してしまう。窓から逃げ出すとかどっかに隠れるとか、そんな素敵なタイミングは見当たらない。中腰の姿勢のまま、現れた人間と目が合う。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
そして当然のごとく沈黙が訪れる。俺はどうしたらいいのか分からず、ベッドから手を離すこともできないまま、
「こ、こんちは……」
とかって白々しい挨拶をかましてしまった。
どうやら清掃業者か、もしくは引っ越し業者らしい。目の前の男三人は、数回まばたきをしたあと、ようやく口を開いた。呆れ返った口調だ。
「……君ら、何やってんの?」
「部屋を間違えました」
そして即答するマカ。俺は思わず吹き出してしまう。それはいくら何でも開き直りすぎだろう。俺以外のマカを除く全員もそう思ったようで、別の男が聞く。
「部屋に鍵かかってたけど」
「鍵がはまっちゃったんで」
「中入って気付かなかったの?」
「帰るとすぐ鍵を閉める癖がありまして」
「ベッド移動させてどうすんの?」
「この子の帽子が落ちたので、どかして拾ってるんです」
ほら、とマカは俺の足下を指した。俺もつられて下を向く。確かに、どうやらさっき腰をかがめた時に落としたらしい帽子が床に転がっていた。髪の反発に耐えられなかったらしい。
「帽子も見付かったし、帰ろっか、ソウル」
「あ、ああ……」
何という図太い神経。俺はすごすごとマカのあとについていくしか方法がない。とにかく、ベッドの調達は失敗に終わったものの、とりあえずは何もなく帰れそうだ、
「君ら、待った」
と思ったのも束の間、後ろからの呼び掛けに、俺とマカは二人揃って肩を跳ね上がらせてしまう。叫び出さなかったのが不思議なくらい、大袈裟にビビってしまっていた。ぎくしゃくと振り返る。
「もしかして、隣の部屋に住んでる子?」
完全に顔が割れていた。だから変装なんて無意味だと思ったのに。
ぎくぎくと返事を先延ばしにする俺とは逆に、マカはもう隠せないと思ったらしく、潔く男らしく格好よく名乗った。
「隣に住んでいるアルバーンですが、何か」
「おやまあ、それは都合がいい。ついでだからドア開けといてくれないかな」
「…………はい?」
マカは怪訝な顔のまま驚いて固まるという不思議な表情を作ってみせた。業者らしき男はああと頷いて、少し動かされて放置されたベッドを指差す。
「隣の部屋、新しく人が入るのを忘れていて家具が揃ってなかったって話なんだ。だからね、隣からこう、ちょっと動かして間に合わせるようにって話がね、事務の方から来てね」
「何と……」
「まあ……」
口を開けるこども二人の横をさっさと通りすぎて、ベッドが部屋を抜けていく。俺はそれをぼうっと見送っていたが、隣から聞こえた深い深いため息で意識が戻った。見ると、眼鏡を外したマカが、それは不快そうな顔で俺を睨んでいた。
「おい、そこの武器」
「俺は武器じゃない、人間だ」
「一発殴らせろ」
返事をする暇がなかった。















というわけで俺の部屋は埋まったわけだが、いまだにあの妙なポスターは貼ったままだった。あとから来た猫が気に入ってしまったのもあるし、実際に剥がしてみたのだが、先をまくっただけでは気付かない、明らかに不自然な色の違いを発見したので、見なかったことにして丁寧に戻したのだった。角部屋だしな、この部屋。
何だかんだで寮に住み始めの頃はごたごたが多かった気もするが、喉元すぎれば何とやら、なのか、単に慣れただけなのか、今ではそんなトラブルも起こらない。授業を終えたからといって床で寝ることもないし、どっかから家具を盗みに行くこともない。面倒事は魂云々だけで十分だった。
「さて」
マカはソファーに腰かけた状態で、思い付いたように喋った。思い付きで行動してばっかだな、こいつ。
「家具を変えようか」
「好きにやっちゃって下さい」





2009:08:26