鎌に変身できたって成績が悪いのが改善されるわけもなく、俺は全クラス合同の補習などを受けていた。しかも一番下の、人数が少ない、そりゃあもう補習向けのクラスである。担当教師からは「あのマカが一緒なのに」というようなことを言われたが、あの酷い人間がしたことは俺を強制的に武器にすることだけで、学術的な支援は何ひとつされていない。妙な呪いの儀式っぽいものをやらされかけた記憶もあるし、マカは誰かに何かを理論的に教えるということができない種類の人間なんだろう。そう思うことにしている。
さて、補習が終わると辺りはすっかり夕方である。始めた時間が昼すぎだったので仕方がないが、一日を学校で過ごしたような気分がして何となく落ち込む。折角の休みなのに。
「よーうソウル、飯食わねえ?腹減って動けねえ」
だるそうな声で後ろから話しかけてきたのはブラックスターだ。寝たら首を絞められるこの補習で、顔を青くしながら寝ていた(いや、あれは気絶かもしれない)強者である。
おう、と答えて俺も腹を触る。三時くらいには空腹で気持ち悪くなっていたが、もう何とも思わない状況まできていた。
「そばとかそういうの食いてえなあ」
「そんな店学校近くにあるかよ。つうかそんなんじゃ腹膨らまねえだろ?」
「今から家帰んだから家で食えばいいじゃん」
「お前は電車で駅から歩きかもしんねえけど、俺はチャリで四十分こぐんだよ!俺が途中で腹減ってぶっ倒れたらソウルが助けに来んのかよ、来ねえだろ!」
「あーあー分かった分かった。どこでも付き合いますって」
たかだか買い食いにどうしてここまで言い争わなくちゃいけないんだろうか。俺は手を振って会話を中断する。ブラックスターはよっしゃ、とポーズを取ると、何も入ってなさそうな鞄を振り回しつつさっさと教室を出ていった。言い争いが聞いたのか、俺達意外に残っている生徒もいない。
やけに閑散としている校舎を降りて、昇降口に向かう。二年の下駄箱の一部は他の学年とは分けられていて、教室に近い位置に作られている。移動しやすいようにってことだろうけど、暗くなってくると少し薄気味が悪い。何せ人通りが少ないから。
だからブラックスターに追い付いて、不意に前を見た時、そこにある人影に俺はぎょっとして、思わずそこで停止した。前を進むブラックスターの襟を引っ張り、物影に隠れる。
「何すん、」
「黙ってろ!」
ごそごそ怒鳴る。ブラックスターは不満そうに眉をひそめたが、昇降口の側、下駄箱の影になっているところにいる奴らを見ておっと声を出した。
「マカじゃん」
そう、補習とは縁がなさそうな、優等生の職人マカが、何故か休日の学校のこの時間帯にうろついているのだった。しかも一緒にいる相手が相手である。
「相手男じゃん、珍しー」
「あれ先輩」
「三年?」
「いや、まあ三年だけど、先輩はあだ名、マカの彼氏」
へー、とブラックスターは興味がなさそうである。俺だって何で隠れているのか全く分からないが、隠れてしまったが最後、もう外に出られない。あいつらがいなくなるか、他の生徒が来るまでここに隠れているしかない。何にしてもタイミングが悪すぎる。
マカと先輩は何やらぶつぶつ話し合っている。もめているわけではないらしく、声は小さく聞き取れない。マカは先輩の袖を掴み、先輩は手を揺らしている。全くご苦労なことだ、どっかで会うなら何も学校という選択肢を選ばなくてもいいものを。
それにしてもよく恥ずかしげもなくくっついているものだ。マカが少し照れている、ように見えるが、あの冷酷女が女子だったんだと分かる瞬間である。俺は気まずいような、恥ずかしいような、そんな気持ちで一杯になって、自然と顔がひくついてしまう。
「……おっ」
不意にブラックスターが低く叫んだ。何かと思えば、げえっ、嘘だろ、学校の敷地で、マカと先輩が堂々とキスしている。俺は最高にいたたまれなくなって思わず目をそらした。ブラックスターは興味がなさそうだったのに、俺に代わってじろじろとやけに真剣に覗いている。
「終わったぜ」
どれだけ顔をそむけていたのかは分からないが、ブラックスターがくる、と振り向いてそんなことを言った。勿論顔に何の動揺もない。俺とは大違いである。
「あー……まじでビビったし」
「は?何でだよ。お前マカの彼氏知ってんだろ?」
「顔は知ってるけど実際に一緒にいるの見たのは今日が最初」
「ふーん、ま、どうでもいいけど。ったくよー、食欲がなくなるようなもん見せねえで欲しいよなー」
下校を躊躇ったのもそのまま覗いていたのも俺の勝手だが、ブラックスターの言い分には納得した。何というか、友達がAVに出ていました、と同じような感覚を味わっていた。軽蔑もしないけど、進んで見たいものではないような、そんな気分だ。マカは俺にとってあまりにも恋愛対象から外れすぎていて、ブラックスターと同じカテゴリーに入る友人なわけで、本人から先輩のことを聞くのとは種類が違う、巨大な衝撃が俺を襲っていた。
ブラックスターは伸びをして、欠伸とともに履き潰したスニーカーを放り投げる。
「でも腹減ったー、吐いたらどうすっかなー、勿体ねえ」
「吐くまで食わなきゃいいだろ……」
「ちっげーよ気分の問題だよ。つーかチャリ置き場ここの反対側じゃん、めんど」
ブラックスターはこの昇降口を使う生徒ではないが、移動を面倒がって勝手に下駄箱を使っていた。そりゃ遠くなるはずである。
自転車を取ってくると言ったブラックスターを送り出し、俺は昇降口に座り込んだ。さっきのキスシーンがまた頭をよぎりそうになって、慌てて首を振る。物凄く馬鹿なことをしている気分になる。こんなことなら、夜まで補習を受けていた方がずっとましだった。おいおい、なんて考えを芽生えさせているんだよ、しっかりしろっての。
2009:06:09