おう、と私はカエルを踏み付けた時みたいな声を上げてしまった。といってもカエルはこんなに分かりやすい声なんて上げないだろうから、単にちょっと喉がひっくり返りそうになったというだけの話である。
「ソウルじゃん。珍しいねー、ひとりでパシられてんの?」
「パシりじゃねえよ、どっかのヒーロと一緒にすんな」
「見た目はどっかのヒーロと似てるよねー、皆たれ目だし」
ソウルはあからさまに嫌そうな顔をしたけど、私はニヤニヤ笑うだけで大した謝罪もしない。ソウルもそれ以上突っ込まない。やっぱ、あの諦めのよさなんか、ヒーロと似てると思うんだけどなー。
まあ、ひとりでスーパーの前をうろついているソウルが悪いんだと思う。デスシティーは死武専なんていう学校があるせいで、治安はよくないけど生徒なら安全だろうとかっていう、妙な常識が成り立っている町だ。そりゃ、例えばうちのお坊ちゃまとか、椿のパートナーとかが一緒なら、大抵の奴はぶちのめされて終わりだろうけど、今みたいに武器だけで集まっているなら話は別だと思う。私はお姉ちゃんがいないから武器にはなれないし、かといって鎌を振り回せるほど器用でもない。ソウルの方も、銃なんて撃てるのかという感じだし、危険な目に遭う可能性は低くないんだ。
「仕方ない、ソウル、飯食べて帰ろうぜー」
「どうやったらその結論に繋がるんだよ」
「マカにパシられてんじゃないんでしょ?ならいーじゃん」
ぐいっと腕を引いて脇に挟む。ソウルは転びそうになるけどそこは耐えてもらわないと。一瞬手が私の胸に触りそうになって、ぎくっと顔を強張らせたりしている。青くさくて可愛いとすら思ってしまった。キッド君だとこんな反応はしないからなあ。
スーパーからちょっと離れたところ、昼食もとれる喫茶店がある。死武専からは距離があるので、知り合いの顔はない。というか客自体随分少なかった。
ソウルは嫌そうだけど、こいつはマカといる時もこんな顔をしていることが多いし、多分地なんだろう。ソウルから嫌われたところで、共鳴にはまるで関係がない。重要なのは職人だから。
お互いにサンドウィッチを頼んだところで、ソウルはため息をついた。じじくさー。
「お前らんとこっていつもこうなの?」
「ひつほっへはひが?」
「ストローくわえたまま話すな。パティがキッドとか連れ回してんのってことだよ」
ああ、そういうことか。私はストローを離し、ぐるぐるコップの中身をかき混ぜた。
「してないよ。ってか、連れ回すのはキッド君の方だし」
「ふーん。そんなもんかね」
「マカもそうなんじゃないの?職人って、ほんと自分勝手っていうか、どんどん先行っちゃうところあるからさ、ついてくの面倒だよ。お姉ちゃんはそういうの楽しいみたいだから、ニコニコしてっけどね」
「まあ、マカもそうか。よく分かんねえ。これも慣れかな」
「ソウルはマゾすぎー。何かさ、どんなことしてもこう、踏み付けられるっていうかさ、そういうのが合ってるよ」
「合ってねえしマゾでもないっての」
そうかなあ。私にはそう見える、そりゃー、見えますとも。ソウルはチームの誰よりも打たれ弱くて我慢できない武器だけど、誰よりもその状態が続くことを望んでいると思う。それは相手がマカだから(優秀で失敗が少なくてめげなくて強いパートナー)だからかもしれないし、ソウル自身の性格から来てるのかもしれない。どちらにせよ、私もお姉ちゃんも、キッド君がパートナーでよかったと思ってる。それは多分ソウルも同じだろう。
早々とサンドウィッチが到着したので早速食べ始める。私は自分でも思うけど食べ方が汚くて、ここにキッド君がいたら文句を言われること間違いなしだ。ソウルはやけに綺麗に食べる。口があまり動かないし手に付かないし何より動作が優雅だ。お姉ちゃんと比べるとよく分かる。
私がじっと見てることに気が付いたのか、ソウルは顔を上げてこちらを見た。あの赤い目が私を見る。おう、久々に直視したけど、これってほんとに目の前見えてるのかな。馬とかは視野が広すぎて目の前が見えないって聞くけど、ソウルの目は人間のそれじゃなくて、何か別の生き物の飾りみたく思える。
「なに」
「いや、ソウルの目って面白いね」
「面白いか?」
「目ェえぐって持って帰っていい?」
「いいはずねえだろ馬鹿」
そりゃそっか。私は手を拭いたあと、ぶう、と息を漏らして机に手を突いた。やっぱり足りないなー、そういえば、私何買いに来たんだっけ?
「ソウルさー、マカの武器でよかったね」
ソウルは目をぱちぱち動かして、はあ?と聞き返した。
「何だよ唐突に。お前今日言うこと全部唐突なんだけど」
「だってキッド君の武器だったらさー、絵になりすぎて困るじゃん。死神に大鎌とか似合いすぎ」
「困んねえだろ、いいことだと思うけど。今のデスサイズだってあのエロ親父だし」
「これでキッド君が神経質じゃなかったらなあ。いいんだけどね」
はは、とソウルは軽く笑った。私は自分で言っておいて、キッド君がシンメトリー好きでよかったと思っている。そうじゃなかったら今頃私もお姉ちゃんも、武器になれずに過ごしていただろうから。
「反対にマカがパティ達を持ってもいけるんだろうな」
「ああ、マカが?二丁拳銃でバーン!って?そりゃー怖すぎ。いくら何でもかっこよすぎだよ」
「拳銃抱えて突っ込んでったりすんだろうな。確かにめっちゃ怖い」
嘘だ。私には今の言葉が嘘だってすぐに分かる。ソウルはマカが何をしようが怖がることはない。それは怖いんじゃなくて憧れだ。憧れを恐怖と勘違いしている。ソウルはマカが自分を手放したとしても、その憧れを継続し続けるはずだ、絶対に。でも手放すことはないと思ってるだろうから、平気な顔で怖いなんて言えちゃうんだ。これ、似たようなことをマカに聞いたら全然違う答えが返ってくるんだろう。キッド君には聞かないけど、お姉ちゃんだって違う反応をするに決まっている。
お互いに職人自慢をし合ったところで、職人は誰かに取られることもいなくなることもない。死んじゃうかもしれないけど、きっとそれはもう少し先の話だ。だからこんなに落ち着いていられるんだ。あの赤い目は、本当にどこも見えていないんだ、きっと。
私は急に飽きてしまったので、ストローをくわえつつだらだらと足を動かした。その足がソウルの足に当たって、蹴り返される。
「蹴んなよー」
「お前から蹴ってきたんだろ」
「生意気言ってると目玉くり抜いてホルマリンにつけてやる」
「何で俺がそこまで脅されなきゃいけないんだよ」
うっさいな、その目の色が気に食わないからに決まってるじゃんか。マカと交換してもらえばいいのに、とそこまでは言えなかった。というか言わなかった。別にホラーは怖くないけど、マカの目が赤くなるのは何か怖いなと思ったから。私は結局、職人っていうのが苦手なのかもしれない。格好悪いのはこっちの方か、くっそー。





2009:05:22