職人だけ、とか武器だけ、で集まるのはたまにあったけど、男だけで長々と話をする機会が、そういえばあまりなかったような気がする。何となくだけど。
「えー、それでは第一回」
「第一回か?この前のはなしでいくわけ?」
「前のはお前が議題を出しただけだろうが。今回が最初の会議だ。いちいち口を突っ込むな」
「どーでもいいからよー、飯くれ。腹減った」
「ええいうるさいわ!第一回、『愛とは何か』会議を行います。よろしくお願いします」
「ます」
「ますます」
「きっちりしろ!」
駄目だ、まとまる気がしないわ。















場所は俺とマカが借りているアパートである。座る場所がないのでリビングで三人額を突き合わせている。マカは買い物に出かけているが、夕方には帰ってくる予定なので、それまでにこいつらを追い出さなければならない。
ちなみにもうひとりの居候は、
「わーいわーい!楽しそうだねえ。あ、ソウル君、ブレアもお腹減っちゃった〜、ご飯ちょうだい!」
などと手を叩いて、楽しそうに議題に参加している。俺はがくりと肩を落としそうになった。夜中のパジャマパーティーじゃねえんだけど。いや、むしろそれそのものか。議題は俺の恥ずかしい話に限られているわけだが。
「分かった分かった。飯作るから、お前らはその間に話進めといてくれよ」
「りょーかい〜!」
「まずいもん作んなよ」
「な、何故お前が抜ける。意味ないだろうが、何のために」
騒ぐキッドに手を振って、俺はさっさとキッチンに向かった。とは言っても距離はないし壁もない。ほとんど筒抜けである。さて、などとキッドが腕組みしているのが見えた。
「じゃあ現在の状況でも教えてもらおうか」
「それはブレアに聞いてるの?」
「お前以外に聞く相手がいない」
ブレアはほう、と息をついたあと、少し声をひそめた。恐らく三人で背中をかがめているのだろう。聞こえにくくしているつもりなのだろうが、筒抜けである。
「ソウル君は凄いよォ、前見ちゃったんだけどさ、いっつもマカと一緒に寝てるもん。この前なんかさ、ブレアがバイトから帰ってきた時ね、あ、昼間なんだけど、ソファーで二人揃って寝てるの!しかも手繋いでたの!凄くない?」
「うへぇ」
「ず、随分親密だな」
「他にもあってー、ブレアが寒いからソウル君の布団で寝てたんだけど、あ、勿論マカも一緒よ。三人いるから暖かいの」
「寝食をともにしていることは知っている」
「気持ちわりい。俺様が吐いたらどうしてくれんだ」
「でね、でね、ブレアが朝起きたらね、二人ともいないの。何やってんのかな〜って思うじゃない。そしたらさ、ザーザー水の音がするわけ!こっそりお風呂場に行ったらさあ……」
「あ、待て待て、もう想像がつくから、言わなくていい」
「きっもちわりぃー!ソウル!便所!」
「うっせえ馬鹿吐くな!外行ってこい!」
包丁を持った手が震えそうになる。ひそめていた声もどこへやら、今や隣の部屋にまで聞こえるんじゃないかという大声である。調理に専念していれば聞こえなくなるかと思っていたが大間違いだ。というか、あいつら、わざと俺に聞かせようとしているんじゃないのか。悪意が見え隠れしてんぞ、主に猫の。
俺は首を振った。ブラックスターは本当に出てったから、少しは静かになるだろう。ブレアとキッドは顔を突き合わせて、まだ何か話し合っていた。キッドはいやに神妙な顔をして頷いている。俺は明日、リズとパティーにまで嫌な目線を向けられる予感がして、ぞくりと寒気が走った。包丁を置いて、鍋を火にかける。メニューはスパゲッティのケチャップ炒め、タマネギとにんにく添えだ。凝ったものなど作る気がしないので、量に任せる。残ったものは夕飯にすればいいし。
鍋に麺を放り込んでいると、ぐつぐつ煮える音が後ろの二人の会話を遮ってくれる。俺はぼうっとその様子を見ながら、適当に考えごとをする。
俺がどう思っているかも分からないのに、マカの考えなんて分かるはずもない。きっと見た目通りのことを考えているんだろうけど、本人がそれを否定するから始末に負えない。しかも無自覚だし、手の付けようがない。
マカが噂の感情、キッドが必死になって見付けようとしているもの、そういうのを持っている気が全くしないのは、俺の気のせいなんだろうか?俺は何の期待もしていない。ただ希望はある。この、馬鹿げた話し合いを、俺の職人に知られないこと。知ったとしても、いつもの顔で「あっそ」とでも言ってくれること。これが一番望ましい。
スパゲッティを皿に盛る。何人分作ればいいのやら。今は四人しかいないが、その倍作れば安心だろうか。皿に作られる黄色い山と、まな板の上に乗っているタマネギの山。何だかクラクラしてくる。
ブラックスターがひと言言ってくれればいいのに。あいつの理論は完璧に分かりやすい。「勝手にしろ」だ。その通り、いくらでも勝手にする。でも今は外に出ていきやがって(しかもどうやら吐きに出たらしい、何て奴だろう)、飯ができるまで戻ってこない。ヒーローはラストに登場するのが常だが、最初っからいればそもそも事件は起こらないのに、全くどうなっているのやら。
「ええ!じゃあリズもパティーも今度遊んでくれるの?やった!」
「ああ、服を買いに行きたいと言っていたな。ブレアも是非誘ってくれと頼まれた」
「わーいわーい!あの子達本当に面白いよねえ。キッド君はいつも家で何やってんの?マカとソウル君みたいなことしてるの?」
「たわけ!誰があいつらみたいな真似をするか。時間割りも部屋もきっちり決まっている。いかがわしい真似をする暇などない」
「きゃー!さすがキッド君!よくできてるねえ!」
いつの間にかブレアはキッドの横に座り、お酌よろしくジュースを注いでいる。キッドは満更でもなさそうな顔で(といってもいつもの無表情だが)、コップを持って話を続けている。阿呆か、あいつら。どういうごっこだ。
あいつらは駄目だ、あてにならない。俺が分からない、理解もできないし想像もできない、そんなものを最初から持っている奴ら。もしくは与えられているような。そんな奴らに教えられるはずがない。そもそもあいつら、死神と猫だし。教えるというよりは奪う方だろう。
ジュージューと音がする。タマネギの刺激臭が目を直撃して、俺はさっきからぼろぼろ泣きまくっている。悲しくて泣いているわけではないけど、目元が腫れているし、つぶっても涙は止まらない。このままではあの妙にめざとい職人に、何かあったのかと勘繰られてしまう。それは困る。俺は泣きっ放しのまま、やけになってフライパンを操る。大量のタマネギがしんなりして、にんにくのにおいが辺りを満たす。
「よーお、あと何分でできる?腹減って死にそうなんだけど」
「うっせえ、吐いてきた癖に何を偉そうに。タマネギ生でいいならこれ、食えば」
吐いてねえよ、とブラックスターは眉をひそめた。フライパンを覗き込んでいる。俺みたいに泣けばいい。こいつが泣いている姿はあまり想像できないけど。
「まあ何でもいいや。とっとと作れ変態」
「人ん家来て吐いた人間に言われたくねえよ。大人しく向こうで喋ってろ」
「あんな馬鹿みてえな話にこの俺を参加させんのかよ?あいつらだけで面白そうなんだから勝手にさせとけばいいじゃん」
「後ろに人がいると料理できないんだよ、向こう行け」
ブラックスターは思いっ切り顔を歪めて、結局リビングに戻った。ソファーをひとつ占領して退屈そうにしている。その横ではブレアがまだお酌を続け、キッドの美学を聞いている。カオスだ。















いかにも頭の悪い食物が出来上がる。味のメインがケチャップだと、濃いも薄いも分からない。食事にはこだわらない奴らだと嬉しい。その点マカは優等生の鑑だ。好き嫌いはほとんどなし、出されたものは何でも食べる。
適当に持って、テーブルに並べる。狭いテーブルに赤い山が四つ盛られた。案の定、キッドが目を細める。
「ソウル……」
「文句言うな。大切なのは時間だ」
「ブレアはソウル君のご飯大好きだよ〜。いただきます!」
「どうぞ」
という前にブラックスターは既にがっついていた。胃がびっくりしないんだろうか、それとも吐いていないというのは本当なのか。俺はまだ痛む目をまばたきさせつつ、とりあえず自作料理を食べてみる。味はする。タマネギもそんなに固くない。
「それでねえ、キッド君のお題なんだけど、愛とは何か!結論出たよ!」
「わ、ほんとに話し合ってたのか、それ」
「失礼だな。やることをやらずに帰ってどうする。お前らの実態も聞いたことだし、あとは分析をしなければ改善策など打ち出せないだろう」
「こいつらの好きにさせときゃいいじゃん。気持ちわりい奴らに関わると吐くぜ。ソウル、おかわり」
「吐く奴が勝手なこと言ってんな。しかしいいこと言うわお前」
その通り。ブラックスターの「勝手にしろ」を待っていた。俺が望んでいた言葉を言ってくれた代わりに、差し出された皿を受け取ってやる。二杯目を食わせるくらいわけないことさ。
しかし俺の望みは周りの望みではない。結局食べているキッドを尻目に、ブレアが咳払いをする。どうしてこの魔女猫は、こういう時だけやる気に満ち溢れるのか。
「では結論を言います!愛とはねえ、『恐怖である』!」
ぽろ、とフォークが落ちるところだった。ブラックスターの手は止まらない。キッドは頷いている。俺だけか、呆れているのは。どうしてそこで吊り橋理論が出てくる?
「あれ、ソウル君、気に入らなかった?」
「気に入るも何も、どうしてそういうことになるんだよ」
「ええ〜?これが一番だと思ったんだけどなあ。ねえ、キッド君」
「そうだ」
キッドはごくん、と飲み込んで、口の周りを拭きつつ喋り出した。
「恐ろしい経験をした時の心臓の高鳴りを、恋愛のそれと勘違いしてしまう。お前の場合はまさにそれだ。いや、それの逆というべきかな。恋愛のそれを、恐怖と勘違いしている」
「意味分かるように喋って欲しいんですけど」
「つまりこういうことだよ!」
む、と言い淀むキッドを押しのけるようにして、ブレアが身を乗り出した。俺は少しひく。
「ソウル君はマカが怖いんだよ!でも魂を取ってくる時のパートナーも、部屋で一緒にいる相手もマカなの。ソウル君、ブレアの魂を取った時ドキドキしなかった?緊張したでしょ?それがずっと続いてるんだよ!愛情のドキドキがそれに混ざっちゃってるんだ!」
「何だそれ。めんどくせえ人間だな、お前」
口にスパゲッティーを詰め込んだままのブラックスターが呟く。そりゃお前は実に分かりやすい、格好いい人間だよ。羨ましいくらいだ。
マカが怖い?ああ、それは当たっているかもしれない。魂を狩る時、死ぬかもしれないという恐怖は誰でもいつでも持っていることだ。職人よりは弱いかもしれないけど、俺だって持っている。緊張もしている。それが家でも続いている?俺、マカの一挙一動に、怯えてたりしたかな。
「そうしか考えられないんだよねえ、キッド君の考え方でいくとさ」
「ああ、俺は『お前に愛情がある』説だからな」
「ブレアは『二人はお友達』説だよ!」
「俺は『キモい奴ら二人』説だわ」
揃って勝手なことを言っている。人の深層心理を分析しやがって、それをマカに聞かせてみろ、いや、それは駄目か。俺はこのどうでもいい話が本人に伝わらないように必死なだけだから。
ブレアの言葉は合っているようで合っていない。俺とマカは職人と武器だ。職人は確かに怖い。平気な顔で魂を刈り取る。けどそれは俺には向けられない。俺の魂を取ったらマカは今していることの意味を完全に失ってしまう。俺の恐怖は俺だけのもので、職人には向けられない。正確に言うと、職人は怖くないけど、マカは怖い。
この恐怖は何なんだろう?愛情に似ていると言えばそうだし、まるで違うかもしれない。将来なくなるのかと言えば、それも違う。いや、分からない。俺は何も分かっていない。分かる気もない。ほら、言い聞かせてみろ。「どうでもいい」だ。繰り返して覚えておけ馬鹿野郎。
「まあ、どうでもいいよ。どっちでも」
「何だと!それはいかん、頼む、きっちりしてくれ!」
「んじゃー、きっちりどうでもいい」
「ソウル君はっきりしないなあ。駄目よそんなんじゃあ」
ブレアがぶぅ、と口を膨らませた。同時に、耳が揃ってぴょこぴょこと動く。何だ、と俺が目を細めると、
「……ただいまー、あれ?ブラックスターとキッドだ。珍しいね」
「!!!!!」
笑えることに、マカが玄関を開けていた。話を聞かれていたのか、と俺の心臓が馬鹿みたいに高鳴るが、マカは普段通り、に見える。多分大丈夫だ。
ブレアが急に立ち上がった。ブラックスターとキッドの手を握っている。
「ブレアお仕事行ってくるね!ついでに二人送ってくる!」
「え、そうなの?行ってらっしゃい」
ぽかんとする俺とマカを尻目に、ブレアは二人を引きずって無理矢理出ていってしまった。悲鳴が少し聞こえたが、気のせいだろう。腐っても魔女である。つうか余計な気を回さないで欲しい、頼むから。
「何だ、ご飯食べてけばよかったのに」
「食べてったよ」
残された皿を見て、マカははあ、と頷いた。全員早食いだ。
マカの荷物は結構多かった。服を買ったついでに日用品と食料まで買ったらしい。相変わらず妙な握力である。食べ物だけ持って、皿をシンクに入れた。マカとあまり目を、合わせたくない。普段も合わせてたっけ?曖昧だった。
と思ったら、マカがこちらを見ていた。ぎくっとして荷物を落としそうになってしまう。黒目が大きいからどこを見ているのか分からない。
「何であの二人来てたの?」
「偶然」
「変な組み合わせ……」
「飯食って帰ったしな」
無理矢理話を切った。ついでにそらした。マカは特に気にした様子もなく、部屋に向かう。ドアが閉まったとたん、俺はうへえ、とため息をついた。どれだけほっとしているんだ。
特別な感情なんかない。恐らく、としか言えないけど。この恐怖は愛情じゃない。胸が高鳴ってるのは緊張からだ。さっきの話を隠したいというこどもっぽい感情。言葉を与えるまでもない。
皿洗いでもするか、そうか。水で流せば頭も冷える。そういえば、いつの間にか目の腫れは引いていた。泣いていたと気付かれなくてよかった。たとえタマネギでも、情けないのは困る。





2009:03:14