鎌の柄は意外にすべすべしている。手袋で触るとほとんど凹凸が感じられない。それは刃の部分も同じで、先っぽまで欠けたり歪んだりしている部分がまるでなかった。発色もやけに綺麗。いつものくすんだ赤ではなく、蛍光に近いどぎつい色だ。
「………………」
「………………」
「……な、何だよ。何かあるなら先に言ってくれよな。また持てなくなったりしたら面倒だし」
私が無言で柄を撫でているのが気持ち悪いのか、ソウルは怯えた声で告げた。刃を留める部分、目玉みたいなところが、不安そうに私を見ている。
私はがちっ、と音をさせて、鎌を地面に立てた。一回咳払いをする。
「……ソウル、あんた、体に変わったところはないわけ?」
自分でも妙な質問だと思ったが、こう聞くしかない。案の定、ソウルは間抜けな声を返す。
「体ァ?何もねえよ。普通より調子いいくらい」
「じゃあ何で、鎌が気持ち悪いくらいぴっかぴかしてんの?」
ぴかぴか?ソウルは言葉を繰り返した。ぐにょん、と刃の先を歪めて、上半身だけ元に戻る。私と同じように柄や刃身に手を当てて、首を傾けた。
「そうかぁ?いつもと変わんねえよ」
「全然違うってば!柄は滑るし、刃は光ってるし、プラスチックみたいだし。風邪でもひいてんじゃないの?」
「だから体調に問題はないっての!お前の感覚がおかしいんじゃねえの?」
ソウルは譲らない。まあ、確かに、風邪をひいている様子はなかったし、露出している顔も、赤らんでいるとか、そういう変化はなかった。私は口をとがらせる。刃がつるつるなのはともかく、柄が滑りやすいのは困る。非常に困る。手から抜けたら一大事じゃないか。
まあいいわ、と呟いて、私は鎌を持ち直した。やっぱり持ちにくい。変に滑る。このことが戦ってる時に影響しないといいけど、どうなるんだか。
「マカさん!そっちに行きますよ、逃げられないように!」
「わーかってるわよ!うまくやるっての!」
槍を突きの体勢に構え直したオックス君が、私の後ろから叫んだ。背後に見えるつるつる頭。そいつを飛び越えるように、向かってくるターゲット。私はぐぐっと腰を落とす。
タイミングは少しずれているが、この距離なら問題ない。コンマ二秒持ちこたえればそれで済む話だ。ぐ、ぐぐっ、もう一段腰を落とす。ソウルを持ち直す。妙にすべすべの柄は、手袋越しでも抜けていってしまいそうだ。しっくりくる場所を探して、指の腹で柄を探る。
『…………ッ!?がっ、うあっ……』
途端。
ソウルが苦しそうな声を出すのが聞こえた。は、はあ?何か食らったっけ?血を流している様子もないし、魂の波長を直に打ち込まれたはずもない。まだ何もやっていないのに。
『あぐっ、うえ、んあがっ……』
「ちょ、ちょっとどうしたのよソウル!?やっぱり体調悪いんじゃ、」
「マカさんッ!!上に!」
はっとして飛びのく。結構な重量のものが、どすんと降ってくる音がする。あ、危ない、身長が縮むところだった。退いたところに、さすが優等生というべきか、オックス君が払いをかけていた。私は体勢を立て直そうと、柄を地面に突き立てる。手の中で、ソウルが体をよじらせて苦しんでいる。
『くっ……あっ……』
しかし構っていられない。見たところ、鎌に異常はない。そもそも相手に触れてさえいないのだ、どう攻撃を受けるというのだろう?滑って抜けそうな柄を強く握って、私と同じく体勢を崩したターゲットの胴体をなぎ払う。
『ううえええああああっっ!!!』
ざくん、と真っ二つにする前に、馬鹿みたいにでかい悲鳴が、手のひらから伝わってくる。それは飛びのいたオックス君にも伝わったらしく、ふよふよ浮かぶ魂を挟んで、不思議そうな顔をこちらに向けていた。
「な、何してるんです?あなた達は」
「……そんなの、私が知りたいわよ」
ソウルはまだ体を震わせて息を荒げている。柄はつるつる、刃はぴかぴかのまま。やっぱりもう一度、理由を問い直すべきだろう。
この状態のソウルに魂を食べさせるのには抵抗があったので、浮かんだままのそれはハーバー君に譲ることにした。ついでに先に帰ってもらうようお願いする。この使いものにならない武器は、その場で矯正しなくては気が済まない。
戦闘が終わったというのに、ソウルは一向に人間になる気配がなかった。私は刃身を睨み付ける。
「やっぱり変じゃない。はっきり言ってくれないと困るわ、さっきだって、相手が単独だから助かったようなもんなのよ。体調の善し悪しは最初に伝えるって約束でしょうが」
「……だから、体調は、悪くねえんだよ」
「嘘ついてんなよ。じゃあ何なのよ、さっきの悲鳴は。ああいうの出されるとほんと困るんですけど。何があったのかと思うじゃん」
「っく、だから、何もないっての」
ソウルは一瞬言い淀んだ。意味分かんない。どうして隠すのか分からない。ソウルは使われているからそれでいいかもしれないけど、大変なのはふるっているこちらの方だ。私が万全でも、武器がおかしかったら全部水の泡なのに。
柄を握って、何回か地面に打ち付ける。やっぱり、まるで濡れているような感じさえする。何なのよ、本当に苛々する。ソウルは何故か、また呻いた。
「あっ……くぁ、ぐ……」
「……ッ!!何なのよあんたは!女々しいわね!はっきり言いなさいよ!折るわよ!武器をぶっ壊すなんて簡単なのよ!!」
「わ、分かった、言う、言うからちょっと手を離せ!」
「離せ?」
予想外の要求である。私は数回まばたきをしたあと、ぼてっと手を離した。背の低い茂みの中に、鎌が倒れている。ソウルは目玉の部分を安堵したかのように閉じて、ぶつぶつ呟き始めた。
「だ、から……何つうか、その……変なんだよ」
「やっぱり変じゃないの。最初っからいえば作戦変えたのに。何よ、昨日遅くまで起きてたから風邪ひいた、とかクソみたいな理由じゃないでしょうね」
「違うっての!いや、うん、多分、違くて、風邪じゃなくて」
「はっきり言いなさいよ、次まごついたらほんとに折るから」
「…………」
ソウルは口ごもる。私はしゃがんで、柄の中心に足を置き、両端を手で持った。せえの、でへし折れる。
「おわわわわ待った待った待った!言う!言います!マカが触ると変な気分になるんだよ!」
「……はあ?」
もうひと息で、割り箸のごとく真っ二つにするところだったけど、恐慌状態のソウルがおかしなことを口走ったせいで、私の体は急停止してしまう。
ソウルはハッ、としたように声をつまらせるが、今更である。聞いてしまったものは止められない。私は持っていた鎌を離し、足の先でできるだけ遠ざけた。自分でも予想しないような、冷たい乾いた声が出てしまう。
「あら、そう、よかったね」
「ちがっ、違うって!だから変なんだって最初っから言ってんだろ!」
「そりゃね、武器は全身をさ、べたべた触られてるようなもんだし?妙な気分になっちゃうのも、想像できなくはないよ。うん、大丈夫、私理解ある子だから。そんなんでソウルをぶっ壊したりはしないよ」
「だーかーら違うんだってば!いつもそんな気分になってるわけねえだろ!つうかお前みたいなちんちくりんに触られて気持ちいいわけねえだろうが!」
ぞぞぞ。
言い方にイラッと来たので、私は地面に捨て置かれている鎌の、汚い棒の部分をなぞってやる。わざわざ手袋の凹凸を押し付けて、なるたけ抵抗を持つように。
「…………ッ!!」
「あんたに言われたくないわよこの変態。なに?戦闘中の職人の横で、ひとり気持ちよくなっちゃってたわけ?あの悲鳴は歓喜の叫び声?あれ私だけが聞いたんじゃないのよ、オックス君にもハーバー君にも丸聞こえよ。分かってんの?よがり声他人に聞かせて、それで興奮するの、あんたは?」
ざりざり、ずずず。
しつこくこすって手を往復させる。鎌は逃げようとしたけど(シュールな光景だった)、私は足と手で踏み付けて逃がさない。
「うぁっ、やめ、やめろってば……ッ」
ソウルは声を荒げて、苦しそうに呻いた。私は確信する。どうやら、今回に限り、この変態は他人の触感を強く感じるようになってしまったらしい。あの妙につるつるとした触り心地は、服を通さず肌を直接触っているようなものだからか。
声が聞こえてくる度に、戦闘時は苛立つだけだった私の脳みそは、少しずつ感想を変え始めた。足で踏み付けたまま、目玉の部分に向かって言い聞かせる。
「……ソウル、今からね、私がいいって言うまで、絶対に人間になっちゃ駄目よ。しばらくそのままでいなさい」
「は、はあ?何言って、」
「戻ったら罰ゲーム。ブラックスターに魂の波長を打ち込んでもらって、クロナにも切ってもらうわ。それだけしたらさすがの武器もおしまいね、分かった?」
目玉がぎょろぎょろ忙しなく動いた。私は了承の合図と受け取ると、ひょいと鎌を取り上げて、人目に付かなさそうな建物の影に運び込んだ。
顔が緩む。あー、何だか凄く楽しいです。抵抗できない人間(今回は無機物だけど)を、散々にいたぶるというのは面白そうですよ?
私は柄を壁に押し付けて、飾り物のようにしてみる。ぴくぴく動く刃で手を切らないようにしながら、その妙に派手な赤色を撫でた。そのついでにもうひとつ警告をする。
「あとね、恥ずかしいから声出しちゃ駄目ね。叫ぶなら心の中だけにしなさい。そのくらい簡単でしょう?」
「ぐっ……この、へんたいっ、おんなっ……」
「変態はソウルの方でしょうが。ねえ、この赤いところってどこが変化してるの?腕?足?頭はどこの部分?」
まだ手袋をはめたままなのだが、鎌の刃身は何だか汗ばんでいるような気がした。頭の中で、必死に口を押さえているソウルの映像が浮かぶ。というか、多分それは実際の光景だろう。まがりなりにも武器と職人。波長が合って武器を触れるということは、相手の状態が読み取れるということだ。その状態のソウルに心の中だけで叫べと命ずることは、私にだけ嬌声を聞かせろということ。めくるめく倒錯の気配。マカ=アルバーンは今だけ、ちょっと変人になります。
刃の部分は少し汚れているような気がしたので、持ち変える。柄の部分。やけに繊細に、触れるか触れないかという感覚で持つ。頭の中で、ソウルが身悶えしている映像。実に楽しい。
「や、めろってば……ま、か……ッ」
「ほんと変態さんね。こんな武器他にいるかしら?やだなあ、ここ、いつも私が持ってるところじゃない。なに、気持ちいい?ほんと?言葉に出して言ってみてよ。鎌の部分じゃなくて、人間の体で、一体どこが気持ちよくなってるの?ほら、言ってよ、ソウル、言いなさい」
「い、えるか、馬鹿女、」
「結構な口の聞き方ね。言わないとずっとやめないけど、それでいいんだ」
無言、というか呻き声。今一体どんな姿でいるのだろう。今すぐ人間に戻れと言ったら、相当気色悪い姿だろうか。あまり見たくないな。
鎌の上の方を手袋で拭って、れろ、と舌を付けた。鎌は過剰に反応して、ぐにゃぐにゃ馬鹿みたいに身をよじる。刃が壁に当たって少し削れた。誰の家だと思ってるんだろう、この阿呆鎌。
「まじ、やめろって、変なこと、すっぞ……!」
「変なことって何よ。もう十分変なことよ。人間に戻るのは禁止だもん、そのまま変になっちゃえば?今なら誰もいないよ、声も聞こえないし、私が手伝ってあげるから」
「お前がっ、見てん、だろうがっ!」
「私はあんたがおかしくなる様子を見たいの、って言わなかったっけ?」
言ってねえ、と口汚なく叫ぶ鎌。頭の中で悲鳴が響いて気分がいい。私は構わず、柄の上から下に向かってゆっくり舐めていく。味のしない無機質な棒だが、どういうわけか唾液が出る。濡れているのは気のせいなのか、それともソウルの汗か体液なのか。どちらにしても気持ち悪いし、馬鹿みたく面白いことだろう。
「やっ……めっ、く、ぁ、」
やめない。誰がやめるか。柄が熱くなっている。人間になりたいのだろう。私はとっさに強く握り締めて、柄に思いっ切り歯を立てた。がちっ!と痛い音と、甲高いソウルの悲鳴。
「ンギャアッッッ!な、にすんだよクソ女!んぐっ、がっ……!!」
続けて噛む。跡が付くくらい思いっ切り。ここが人間の時のどの部分に当たるかとか、全然関係ない。あとで確かめてあげよう。
ソウルの悲鳴が頭を刺激する。やばい、私まで興奮しそう。腰に来たらどうしよう。早めの内に壁に手を突く。楽しい。ついつい呼吸が荒くなる。
「はっ、ははははは!いいね、ソウル、もっと叫んでよ、声聞きたいわ」
「くっそ……この、ガリ勉が、帰ったら、ただじゃ、」
「私に何かするっての?上等ね、してみなさいよ」
私は背中を壁に付けた。鎌を持ってしゃがみこむ。足の付け根がじんじん痺れた。軽い武器は持ち変えるのも簡単だ。両手で持って、舌を這わせる。濡れたところを手でこする。手袋が唾液で汚くなるな、帰ったら洗濯しないと。
「やっめ……んぁっ、はっ、ぐっ」
「ここは屋外で、あんたは武器のまま。こんな変態がいるのかな。ねえ、この柄、どこなの?いっそどこでもいいけど、あんたは今どこを触られてる想像をしてんの?聞かせなくていいよ、何となく分かるから。やだなー、ほんと、救いようのない変態さんね」ソウルは答えないでただ呻く。自分の顔が相当酷いことになってるだろうなあ、という想像。他人をいじめて、真っ赤になって笑っているんだろうから。
ずりずりずり、ぞりぞり、じゅるじゅる。妙な音の展覧会みたいだ。これ、本当に周りの人に知られていないのかな、ソウルの声、私以外の人に漏れていないのかしら。ちょっと緊張する。
埒が明かないので手袋を脱いだ。素手で直接触ると、柄は熱いわ湿っているわ変に柔らかいわで異常性が際立っている。ソウルは器用に、柄をびくびく震わせてみせた。素手がよっぽど気持ちいいらしい。握ると、柔らかい金属を握り潰したような、妙な感覚がある。
「あっぐっ……!ふはっ、やめっ、やめろって……!」
「ほんとにやめていいの?苦しいんでしょ?あとは引きずって帰ってあげるから、気絶するまで楽しんじゃえば、早漏君」
「……ッ!!」
ふにふにふに。何だこの柄、本当に触り心地がいいな。癖になりそう。
先に帰れと言われはしたけども、ソウル君の体調の様子がどうにも気にかかって、結局僕達は引き返すことを選択した。ハーバー君はあまり乗り気じゃないようだったけど、今回マカさん達と組んだのは僕達なのだ。面倒でも安否を確認しなければ。
「ハーバー君、武器は、どうなんだい?何もしなくても、やっぱり変化してるだけで体に苦痛を感じるものなのか?」
「さあね……僕は体験したことがないけど」
「じゃあ、やっぱり調子が悪いと、さっきみたいになるのかな。悲鳴を上げたりとか。どうなんだろう」
「さあ……何か職人に思うところでもあったんじゃないかな」
ハーバー君は曖昧な答えだ。職人である僕には武器の心境は完全に理解できないから、曖昧にならざるをえないのかもしれない。
頷いたところで、向こうから歩いてくるマカさんを見付けた。何故かソウル君は鎌のままで、肩に担がれている。
「あれ?オックス君、帰ったんじゃなかったの?」
「君達が心配で様子を見に来たんですよ。平気なんですか?」
「んん〜、うん、むしろ絶好調?みたいな」
マカさんはやけに楽しそうな笑顔でそう言った。僕は肩の武器を見やる。何か、やけに、全体が錆び付いているような気がするんだが、本当に大丈夫なのか?
僕の視線に気が付いたのか、マカさんはああ、と声を上げた。柄の錆を落とすように、指の腹でこすってみせる。気のせいか、柄が震えたように見えた。
「ソウルね、さっき不甲斐なかったから特訓してたの。そしたら疲れちゃったみたいで、このままお持ち帰り。うち帰って風呂にでも突っ込んどくわ」
「そう、なんですか?それはお大事に……」
「言っとく。じゃあね、わざわざありがとう」
マカさんは一体何が楽しいのか、上機嫌に手を振って帰っていった。しかも走って。僕達はその場に取り残される。
「………………災難だな」
「え?ハーバー君、今何て言った?」
「何でも。とっとと報告しに戻ろう。ソウルも、どうってことなさそうだしね」
「あれはどうってことない状態なのかい……?」
明らかに精彩を欠いていたけど、武器としてはまだ正常の範囲なんだろうか?よく分からないこともあるものである。
2009:02:18