ソウルの指がくるくると私の髪を絡めて遊んでいる。何が面白いのか(いや、何も面白くないのか)、さっきからそれしかしていない。私の隣で、席を立つこともなく、ひたすら髪をいじっている。
「………………」
何がしたいのかはっきりしない行動は胃が縮むほど苛々する。私は読んでいた本を音を立てて閉じると、ぎろ、とソウルを睨んだ。遊び道具をそらされて指が宙に浮いている。何ということもない、ただの間抜け面。
「なに、何がしたいの」
「……いや、特に何も」
「だったら髪いじんないでよ。ぐちゃぐちゃになっちゃう」
ソウルはぽかんと口を開けたが、すぐにまた手を伸ばしてきた。今度は結んであるところじゃなくて、前髪に触る。ざらついた指の肌が私の額を撫でる。振り払ってもすぐに指が伸びる。
頭に血が上って、私は閉じた本を掴んだ。容赦なく思いっ切り、横からソウルの顔をぶん殴る。勿論、角で。
「……っ」
とそのつもりが、本が途中で止められた。びっくりしたことに、ソウルが掴んでいる。うそ、まさか止められるなんて、そんな馬鹿な。第二撃を繰り出そうとして、そこで本が動かないことに気付く。ソウルは瞬きを繰り返しながら、本を掴んで離さない。しかもその上、前髪を守っていた私の右手まで掴んでいる。
「ちょっと、何やってんのよ、離してよ、動けない」
「やだ」
「馬鹿言ってんな、痛いってば」
ソウルはまるで珍しいものを見るような顔をして、ぐいと両腕を広げた。私は無理矢理横を向かされて、何故か向かい合うような格好になってしまう。ソウルはにやにや笑った。
「マカさんよ、頭にゴミが付いてんぜ、取ってやるよ」
「ご、ゴミ?別にいいよ、ってか顔を近付けるな!」
「手が塞がってるから、口で取るしかないだろうが」
「手を塞いでるのはお前だろうがっ!ちょ、ほんと、何やってんのよ!」
私が逃げれば逃げるほど、目の前の馬鹿は体を傾けた。いつの間にか足を絡まされていてその場から動けなくなっている。横に移動できないということは、どんどん傾いていくしかないということで、私は最終的に仰向けに寝てしまう。白髪ウサギは楽しそうな目をしつつ、やっぱり手は離さない。
「やめ、やめろってば、意味分かんないよ、何やってんの」
「ゴミ取り?」
「ゴミ取りは人を押し倒したりしないから!」
「じゃあ訂正。チュウ」
「すんなっ!ここをどこだと、」
バサバサバサッ。
顔を引きつらせつつ目をつぶった瞬間、上から何か落ちてくる音がした。続いてソウルの呻き声。目を開けると、ノートと教科書が、ソウルの頭を潰していた。私は何とか抜け出す。
「こ、ここは学校ですから!二人とも!」
「仲がいいのは結構だけどよー、そういうのは密室でやれよ」
上を見ると、椿ちゃんが申し訳なさそうな顔をしていた。実際に本を落としたのはどうやらブラックスターらしい。呆れた顔で頬杖をついている。
私はさっきまでの醜態が頭をよぎって、音がしそうなくらい勢いよく顔が赤くなった。椿ちゃんまで赤くなっている。下で伸びているソウルと、既に興味を失ったらしいブラックスターは別として。
とまあ、そんな馬鹿げた出来事は朝方の話で、今は昼である。私はもうあんな面倒には巻き込まれたくないので、近寄ってくるソウルと反対方向に逃げていた。あの馬鹿は特に懲りた様子もなく、飽きることなく近付いてくる。お前はあれか、母親が弟にばっかり構って寂しいお兄ちゃんか。
「マカー、つまんねえから遊ぼうぜー」
「学校にいる間くらい勉強しろ」
「勉強はほら、家帰ってもできるじゃん」
「いつした?ねえ、いつした?」
振り返って噛み付く。こんな馬鹿には構いたくないが、こうも堂々と嘘を言われると頭に来る。何でこんなにどうしようもないことばっかり喋るのだろう、脳みそ入ってんのか。
目を合わせたソウルはやっぱり目をぱちぱち動かすと、大股で踏み出して、がしり、と人の襟元を掴んだ。前でなく、後ろである。しかもそのままずるずる引きずっていく。
一瞬足がもつれて転びそうになる。ソウルは人の様子には全く構わず、まるで猫みたいに私を移動させていやがる。
「やめろこの馬鹿!今度は何よ、離しなさいよ!」
「説明してもあれだから、ちょっと人気のないところを探してる」
「何で人気のないところなのよっ!」
あとシャツが破れる!怒鳴ろうがわめこうが暴れようが、何かを決意しちゃったらしい馬鹿鎌にはまるで効果がない。ソウルは人を散々引きずり回したあげく、お泊り室近くの男子トイレの中に私を押し込んだ。いや、確かに人はあまり来ないだろうが、常識的に考えておかしい行動が山のようにある!
「この馬鹿野郎、殴られたいならそう言いなさいよ!」
「殴ってもいいけどさあ、まあその前にさっきの続きとかしない?」
「さっき、」
「ブラックスター達に邪魔された続き」
にやついて笑う白髪ウサギ。男子トイレの個室はやけに狭くて、ソウルは入り口を塞ぐように立っている。私は顔が何色かに点滅するのを感じた。
「こ、こは学校なんですけど!?」
「あんま関係ない。ヘーキヘーキ、マカが静かにしてれば十分で終わるから」
言いつつ、ソウルは私の首元を触った。ネクタイを緩めつつ、ボタンを開けていく。つうか本気か、本気なのか!こいつは馬鹿なのか、それとも間抜けなのか!私はとっさに手を伸ばして、馬鹿ウサギの首を締めた。思いっ切り遠ざける。
「やめろ、やめてってば!ほんとやだ!」
「叫ぶと聞かれちゃうよ?」
うぐぐぐ、と私は一瞬気が緩み、手の力を弱めてしまう。首を締められている間も馬鹿みたいにシャツを緩めていた阿呆は、解放された顔を近付けて、私の首に顔をうずめた。べろんと、やけにざらついた舌が首筋を這う。
「やーめーろー!」
私は小声で文句を言う。綺麗とは言いがたいトイレだ。服や体を付けたくなくて、満足にソウルを押し返せない。
どうしたんだ、こいつは。いつもこんな風になったことがあったか?ないだろう?あるとしたらせめて、アパートに戻ってから、とても興味がない顔で、ぼそぼそ呟くように「今日の夜にそのあの」とか言う癖に、こちらの予定も内情も知らないで、馬鹿みたいにがつがつと!私が生理だったらどうするつもりなんだ。
肩近く、襟元を緩めたくらいじゃ見えない場所に、馬鹿ウサギはどうやら痕を付けたらしかった。おいおい。私はもう反論する気すら起こらなくて、呆れて肩の力を抜く。両腕を掴んでいたソウルは不意に顔を上げると、やけに明るい笑顔を浮かべた。口を私の耳元まで近付けて、囁く。
「俺、何だか今は、マカが、好きな感じ」
「……は?」
「だから、好き。ラブ。割りとね」
意味分かんない。今までそんなこと言った試しがないのに、どうして今日だけ、その、何だ、妙なことを喋るんだ。怪しいクスリでも飲んだのか。私は顔をそらして逃げる。
「わ、割りととか何だかとか、どういう意味で使ってんのよ!」
「言葉のまんまだけど。結構、中々に、普通以上に、好きっていう」
髪の毛と息が耳にかかって、私は妙に腰が震えてしまう。腿の辺りがゾクゾクする。ねえ、ここは学校なんですけど!
ソウルはスカートの上から足を押し付けた。こするように動かす。顔を戻して、にやっと笑う。
「マカァ、顔真っ赤じゃねえかよ。嫌じゃなかったわけ?」
「あ、赤くなってない!やめて欲しいのも変わってないってば!」
ふうん、とソウルは納得していない返事をすると、ずりずり足を動かした。腿の付け根の辺りが刺激されて、私は変な声を出しそうになってしまう。思わず顎を引くと、何故かソウルの肩に触れる。こいつ、また人の耳元に!
「好きだよマカちゃん。好き」
「……!!!!」
「お?顔熱くなってきた。マカは言葉責めとか好きなんだな」
「そんなわけないだろうがっ!」
何だか体が震える。白髪ウサギは、馬鹿のひとつ覚えみたいに好き好き繰り返している。ちっくしょう、ただそれだけなのに、私の体は全然まともに動いてくれない。知っている。顔が熱い。呼吸が荒くなる。
「っはあ、うぁ、やだ、ってば」
ソウルは人の首元に噛み付きそうな勢いだった。腕を押さえていた手を離して、するする下に移動させる。こすり付けていた足の間、スカートの中に差し入れた。予想はしていたが、改めて触られると、そこは情けないくらいにビチャビチャだった。ソウルは全く遠慮なしに、直にいじる。何なのよあんたは!
「いぁ、やっ、こら、あぅ、ふあっ」
「こんだけでもう濡れるんだもんなあ。ここは学校ですよ?あんたは優等生ですよ?」
「お前に、言われたく、ないってばっ、ばかやろ、うがっ!」
いけない、いけない、この状態はまずい、ほんとに何やってんの?分かってるけど、相手も自分も、何だか頭がぶっ飛んでいる。まともな思考が全然できない。
壁に張り付くようにしていた背中が、ずるずる落ちていきそうだった。ウサギが囁く。
「マカ、手、俺の肩乗っけて」
「……」
反論する気になれないのは最初からである。体を支えようと、そんなに鍛えてもいないだろう、目の前の馬鹿にすがってみる。
と、思ったら、ふわっと体が浮いた。壁に押し付けられる。えっ、という間もなく、
「ごめん、何だか限界、」
とかいう声が聞こえた。ずらされた下着を押しやって、馬鹿みたいに性急に、ソウルが入ってくる。
「うふぁっ……!やっ、いゃあっ、ぃあっ」
体勢が不安定で、思いっ切りソウルの背中にすがりついてしまう。変な格好だ。下に落ちそうで目をつぶる。お互いの顔が分からなくて、お腹の感覚だけが妙に鮮明だった。というか、単純にあれか、場所の問題だろうか、これ、知られたら、相当まずいんじゃ、ないのか。私は唇を噛んだ。ソウルは最初っからあまり声を出しておらず、犬みたいに荒い呼吸を繰り返している。ぐちゅぐちゅという音が、やけに大きく聞こえるのは、私の気のせいだと思いたい。
「んっ、やぁっ、うぁ……んはっ」
「ま、か、ごめん、その、持ってないから」
「もっ、持ってって、おいこらっ、」
「でも駄目、何か、抜きたく、ない」
おいこら、おいこらおいこらおいこら!!ふざけたこと言ってんな馬鹿ウサギ!離しなさいよっ!!
学校だから叫べない。叫べないってことは否定できない、拒否できない。ということはつまり。
「………………」
「………………」
ぐだっ、と息をついて、私とソウルは今度こそ床にしゃがみこんでしまった。あまり使われていないトイレらしく、タイルは乾燥しきっていて、付くのは埃くらいだ。足の間がすうすう冷える。私が出したものと、馬鹿が出したものが、内腿を伝って床に落ちた。
「……はああああ」
「……ごめん、頭沸いてた……」
「頭沸いてたっていうか、なに、やっぱりウサギだから発情期でもあんの?それともシャム猫です〜とか言い出す気?まあ猫には発情期あるしね、でもそれは今じゃないわよね、時期になったら外の野良猫の群れに混じってきたらどう?歓迎してくれるんじゃない?」
言ってる内にどんどん頭に血が昇ってくる。くらくらしそうだ。ソウルは神妙そうな顔でいたが、不意に手を伸ばすと、からからとトイレットペーパーを巻き取った。言い訳しないとは珍しい。目を細めると、ソウルは無言のまま、私の足に触った。ぎょっとする。
「な、何してんのよ!」
「何って、拭かなきゃ出られないだろ」
「そ、そのくらい自分でするってのよ!」
「いやあ、だって、俺からけしかけちゃったし、大好きなマカにそんなことさせるわけにはいかないっしょ?」
「くっ……心にもないことをしゃあしゃあと……」
ソウルはベタベタ人に触りながら何が楽しいのか笑っている。私はまた顔が赤くなるのを感じた。もう、何だってのよ、この白髪ウサギ!
2009:02:11