憂鬱だった。かなり憂鬱だった。というか物凄い憂鬱っぷりだった。覚醒剤のコーラ割りで思いっ切りぶっ飛んだあとですらこうはならないだろというほどに、俺はとにかく落ち込んでいた。
過去のことで落ちているのではない。未来、これから起こりうるだろう将来の出来事を悲観するあまりの鬱屈なのだ。嫌すぎて吐きそう。朝っぱらから泣きそう。天国の父さん母さん、俺、今日だけは学校に行きたくありません。
てな俺の鬱具合など俺以外誰にも分かって頂けず、クソ兄貴が「拝むんじゃない」などと頭をぶん殴ってきたので、仕方なく俺は腰を上げた。ちなみに両親は両方とも健在である。さっきのはノリだ、ただの。
ため息を吐き出した俺の尻に蹴りがもう一発。この兄貴、どんだけ子供なんだよ、さっさと出かけろ、俺より早く。
「俺今日二限からだし」
大学生なんてふざけてる。とっとと滅びろ。
どんな憎まれ口を叩こうが、それでも登校してしまう俺に乾杯である。しかも遅刻するでもなく、始業三十分前という優等生っぷりだ。教室は馬鹿みたいにがらんとしている。おいおい、俺だけかよ。今日本当に学校あるんだろうな。臨時休校とかにならないのか。無理か。
「うっわ、ソウルだし」
と思っていたら、優等生が一匹迷い込んできた。出席番号一番、Aクラスが誇る学年一位、とにかく何でもかんでも一番のマカ=アルバーンである。何でも下から数えた方が早い俺の顔がいたくお気に召さなかったらしく、ぐわっと眉間にシワを寄せた。俺はすちゃっと手を上げる。
「おはよーございますアルバーンさん。今日も制服が似合っておいでですね。いやー、赤いリボンが襟に映えてそれは素晴らしい」
「何言っても今日から一週間は特訓だからね。放課後の用事全部断っといてよ」
マカは俺のお世辞を完全に聞き流し、強い口調で言い切った。窓際の自席に荷物を置くと、一番後ろでぼうっとしていた俺の席までやってくる。俺は瞬間ネクタイでも掴まれて首を締められるのかと覚悟したが、顔の前に突き出された指はそれ以上は動かない。
「つーか、早く来たならちょっとは練習しなさいよ。何事も練習あるのみ!怠惰な者には死を!てか私に『C』をもたらす奴には体罰を!」
「って何だよそれ、シーって何」
「不可。くじ引きで決まった組だけど、単位が付いてくるなら話は別よ。ソウル、あんたね、自分の状況分かってんの?分かってんなら暗唱しなさい、暗唱」
俺はつい、と目をそらす。暗唱って何だい?俺の状況って何のことかな?僕頭悪いからさっぱり分かんない!
答えない俺にしびれを切らしたのか、マカはついに俺の襟首を掴み、椅子から持ち上げる勢いで揺らした。
曰く、
「変身ができない武器って一体どんな貧乏くじなのよォォォーーー!!」
そりゃお前、大凶に決まってるじゃないですか。
俺の通う学校ってのはかなり特殊な部類に入るらしく、生徒は入学時に二つに分けられる。「武器」と「職人」がそれだ。ちなみに俺は、自分でも面食らったことに「武器」だった。だから入学要項が届いたらしい。兄貴なんかはかなり面白がって、調べられる範囲で調べて、できうる限りの嫌がらせを俺に施した。「あの学校に入ったら卒業できない!」だの「武器は外国に売り払われる!」だの「よかったなソウル、今生のお別れだ」と微笑みながら言ってみたり。何でも真に受ける俺は内心かなりビビったものである。
実際に入学してみるとそんなことはなかった。勿論通っている学校などここしかないから実体験の比較は不可能だけど、友人から聞く限り特殊な授業はない。至って普通のハイスクールである。
そうそう、「武器」と「職人」の説明を忘れていた。笑うなよ?俺だって吹き出したんだ。
「武器」は己の体をその名の通り武器にすることができる。武器の形態は個人によって異なる。武器は破壊されない限り傷付かない。
「職人」はその武器を操ることができる。大きさや質量に関係なく、自由自在に、である。
……。
……。
……。
笑えるだろ、つうか笑ってくれ。俺は笑った。引きつった笑みを浮かべた。
が、周りは真剣だった。これ以上ないくらいに真剣だった。そんな中で俺だけが笑っていられるだろうか?俺はさっさと笑顔を引っ込めた。
何だそれ。馬鹿げている。馬鹿げていすぎる。俺は人間だ。ロボットじゃない。サイボーグでも、恐らくない。そんな奴が武器になるだって?授業料が安い代わりに何ておかしな理屈を持ってくるんだろう。
俺は頭をかきつつそんなことを思った。入学して二年間、体の一部が変化するなんて経験、俺はまだしたことがない。
一日目:
「武器ならちょっとくらいは変化できるでしょーが!ほら!やれ!今すぐやってみせろ!」
マカはぽんぽんと手を叩いて俺を促した。俺は芝生に座ったまま、とりあえず頷いてみせるが、そんなことは不可能だってことくらい、二年間で承知しているのだ。
放課後である。中庭である。俺達以外にも数名の生徒がいるが、武器化特訓なんて意味の分からないことをしているのは俺達だけだった。
どうして武器にならなければいけないのか、マカが躍起になっているのか。理由は簡単である。「課外授業」が近いからだ。
「課外授業」とは簡単に言えば、完全に変化を終えた武器を職人が美麗に振るってみせるテストである。二年初期の山場みたいなもので、この時までに武器は己の体を完全に武器化しなくてはいけない。そりゃ何だ、俺に死ねと言ってんのか。
俺みたいな出来の悪い武器にマカのような優等生が職人としてつくことになったのか、全く人生とは不思議である。組み合わせのくじを作った教師に言わせると、
「くじも運命。この相手でよかったと言い切れる時が絶対に来ますよ」
だそうだ。ちなみにくじの中身を確認した俺がマカの席に行ってみると、マカは驚愕の表情で凍り付いていた。ご愁傷様。
そして、話は今である。俺は習った通りに体に力を込めたり屈伸したり柔軟したり様々なことを繰り返したが、シャツにシワがつくだけで体の変化はさっぱり起こらなかった。
マカは頭を抱えつつ唸り声を上げた。
「どうしてこんなに簡単なことができないのよォォォ……あんたほんとに武器?適性テストの成績言ってみてよ」
「武器A+++」
「どうしてこんな馬鹿が最高ランクなのよォォォ!!!」
マカは頭の二つ結びを振り回して悶えた。俺が知りたいわ。このテストのせいで、変身もできない俺がいまだにAクラスに居座っているのだ。ちなみにこんだけよい成績を修めたのはこれが最初で最後だろう。両親なんぞ二人揃って喜んで、その晩はやけに豪勢な飯が出たくらいだった。阿呆か。
マカは頭が痛くなったのか、ゆらりと姿勢を戻すと、いい、と呟いて、右手を水平に持ち上げた。俺の視線は自然とそちらへ移動する。
「体の変化なんて些細なことよ。なりたいものをイメージ、部位を固定。あとは何でもいいから集中して、少し力む」
マカが手をぐっと握り込む。目を閉じる。
ぐわん。うわんわんわん。
視覚の変化は耳鳴りを伴った。俺は目を疑う。顔中の細胞がまるで活性化しているようだ。開いた口も、目も、何も塞がらない。
マカの。
右腕が。
巨大な。
刃に。
変化した。
嘘だッ!!?
「うおおおおおあああああすげええええ!!マカすげええええ!マジ天才百年にひとりの逸材お前凄いほんと凄い最高惚れた大好き愛してる結婚して!!」
「や、最後のは嫌ですよ?」
俺は年甲斐もなく絶叫してしまう。叫ばれた方であるマカは少し居心地悪そうに眉を寄せたが、満更でもない顔だった。俺の持つありとあらゆる褒め言葉を浴びせたのだ。それくらい、何だかとんでもない見せ物だった。
だって目の前で人の体が何か別の、その、金属に変化したんだぜ?俺だって昔は変身して悪を倒すヒーローが好きだったんだ。それを現実に見せられて、興奮しない方がおかしいだろ。それに、武器化するところを見たのもこれが初めてだった。言っちゃ悪いが、俺は今の今まで人が武器に変わるなんて起こりえない妄想だと思っていたんだし。
ああ、いいさ、言い切ろう。人間が武器化する?
それって素晴らしいじゃん!
「やべー何か凄くみなぎってきたわ。俺頑張る。絶対武器になる」
「それはよかったわ。決意っていいことよね」
マカは変化したままの腕をゆらゆら揺らしている。その刃は黒く、幅は五フィートくらいだろうか。足下の芝生も刈れる、立派な武器である。というか、鎌である。大鎌。死神でも召喚しそうだ。
俺はマカの腕(というか刃)をコンコンと叩いて、素朴な疑問を投げかける。
「あれ、てかマカ、何でお前変身できんの?職人じゃないの?」
「ああ、私父親が武器だからじゃない?」
なに、初耳だ。というか親子でこの学校に通っているのか。あれか、アルバーン一家は馬鹿なのか、それとも天才なのか。
マカはもう一回肩から力を込め、変化していた腕を元に戻す。いやはや、やはりスペクタクルである。一日に何度も見たい光景だ。自分の体が変化するようになれば好きにできるんだろう。練習しなければ。
「適性はどっちもあったけど、それなら職人の方が選択肢が増えていいじゃない?色んな決定権も優遇されてるし、授業内容も豊富だし」
「はー。俺だったら絶対武器だわ。こんな面白いのほっとかない」
「はん。それにね、一番おっきい理由がひとつ」
「なに?」
マカはにやりと悪魔的な笑みを浮かべた。いや、死神的な、というべきだろうか。小さい子が見たら泡食って逃げ出しそうである。
「私ね、人に使われるのって好きじゃないの。武器って職人に振り回されるんでしょ?ゾッとするわ」
「………………」
えっと、マカさん、そのあなたに振り回されるだろう俺の将来は、一体どうなるんでしょうか。
二日目:
翌朝、俺の職人様はげっそりした顔で登校していた。友人が目を丸くし、数人が菓子で機嫌を取るほどのやつれっぷりである。のろのろと始業直前に登校してきた俺を、鈍い目で睨む。俺は肩を縮こまらせて自席に逃げた。
昨日は結局、警備員に学校を追い出されるまで訓練を続けていた。最終的にはヨガみたいな奇妙なポーズをとらされ、マカはシャーマンよろしく空に祈っていたくらいである。お分かりであろうが、俺の体は全く、これっぽっちも、変化しなかった。
職人は暗い中庭に座り込んで、俺より荒い息を吐いていた。二人とも髪や制服は乱れまくっていて、一体何をしてきたのかと家族にいぶかしまれる姿だった。
マカは掠れた声で呟いた。
「今日は、これくらいに、しとくわ、ほら、一日休むと、見えてくるって、言うでしょ、それよ、それ」
「おお、いいなそれ、俺、もう、無理だわ、死ぬわ」
ぜえはあ言いながら、その日は解散になった。普段なら精気に満ちているマカが、ふらふら揺つきながら帰っていくのを見るのは中々に辛かった。
「昨日はいきなりハードルが高すぎたわ」
一限が終わってから、マカはそう切り出した。変身できることが当たり前の武器に、変身しろと迫ることがおかしかったと理解したらしい。何だか非常に矛盾してるね。
眠気をこらえる俺に、マカは上から続ける。
「昨日、私がちょっとやってみせたのがよかったって言ってたよね。私それでピンと来たのよ。ソウルに足りないことは経験だって」
「経験?」
「実際に、人が変化するところを見るっていう、視覚的な経験。実体験には劣るけど、それでもないよりはずっとましだわ。ソウル、あんたには他の武器が変身するところを一杯見てもらって、勉強してもらう」
うげえ。俺は唸る。あのスペクタクルをもう一回か。勉強と言われるとうんざりするが、ショーなら話は別である。
「いいね。うん。それどうすんの?適当に人掴まえて変身させんの?」
「恐喝みたいな真似しないでよ。友達でよさそうなの見繕ったから、昼休みと放課後に見に行くの」
素晴らしい行動力である。俺が寝ている一限の間に、マカは友人に連絡をしまくったらしい。友達が少ない身分としては、羨ましいんだか、ご苦労なんだかよく分からない感想だった。
何にせよ、マカは俺という使えない武器のためにこれほど努力してくれているのだ。答えない俺ではあるまい。できる限り努力しなくては。
胸のドキドキを隠しながらの授業は中々辛かった。あのスペクタクルを今から見られるかと思うと興奮が止まらない。そう考えると、今までの俺は何と無駄に学校生活を送ってきたのだろう。数少ない友人の中にきっと武器もいたはずである。変身してくれと頼めばやってくれただろうに、俺は武器の存在を疑うあまり最高のエンターテインメントを見逃してきたのだ。全くのろまな亀め、ウサギを見習え、ウサギを。
あまりにワクワクしていたので、昼休みに入ってマカから声をかけられた時、俺はキョドっておかしな声を上げてしまった。冷静な職人様は冷たい目で俺を見る。
「頭おかしくなったの?行くよ」
「ちょっと感動していただけですう。行くってどこに?中庭?」
「Eクラス」
Aクラスの正反対に位置する教室である。階段を下ったあげくまた上らなければいけない面倒な場所だ。俺はちょっと目を細めた。
「何でまたそんな遠いところ」
「見せてもらうんだからこっちから出向くのが普通でしょ。文句言ってると切り裂くけど」
おお怖い。洒落にならない怖さである。俺は大人しく後ろをついていくことにした。E、Eね。誰か知り合いがいただろうか。
マカががらっとドアを開いて教室の中を見渡す。俺は目立たないよう後ろからこっそり覗いていたのだが、驚いたことに数少ない知り合いのひとりを発見する。
「おおお?ソウルじゃん、お前何やってんの?二年になって迷ってんの?」
「違うわ馬鹿野郎。わざわざ来てやったんだよ」
教室の真ん中で手を振っている派手な頭は、一年の時に同じクラスだったブラックスターである。進級時に何が悪かったのか、AからEへと華麗におっこちた。成績は俺より悪かったから、まあ当たり前なのか。俺が落ちなかったことの方がよっぽどおかしい。
マカはあら、と目を丸くした。
「ソウル、ブラックスター知ってんの?」
「ああ。え、まさかあいつが武器じゃねえだろうな」
「違う違う。あいつは職人でしょ。見せてもらうのはパートナー。ブラックスターの武器の方」
ほっとした。ほう、あいつ職人だったのか。俺と同じだったらどうしようかと思った。
マカが呼んでいるのは長身の女子だった。髪が長く、物腰は穏やかで、いかにも性格がよさそうだ。俺を見て軽く会釈をする。おお、彼女が武器なのか。
「こちら中務椿さん。とっても有能な武器のひとりよ。こんな奴に使われるには勿体ないわ」
「おいこらガリ勉女、ぶっ飛ばすぞ?」
「ぶ、ブラックスターもマカちゃんも、そんなに喧嘩しないで……」
生徒が大勢いる中での武器への変化は禁じられているので、俺達は隣の空き教室へと移動した。これから中務さんが武器へと変化する一場面を見せてもらうのである。俺は正直、机の上にでも正座しようかと思ったが、中務さんに本気で止められ、マカが冷たい目で見るのでやめにした。
ブラックスターは腰に手を当てると、あっはっはっと軽快に笑った。
「まあ、ようやくマカも俺の素晴らしさに気付いて教えを請いに来たってわけだな!これから俺のこと様付けて呼べよ」
「椿ちゃんの素晴らしさには元から気付いてたわよ。ほら、武器持つしか能がない体力馬鹿はさっさと構えてちょうだい。後ろがつまってんのよ」
マカはさっさと手を振る。ブラックスターはけっと吐き捨てると、中務さんの方へ向き直った。手を差し出す。
「ほんとうるっせえ奴だな。椿、適当に何かなってくれ」
「て、適当にって言われても。ブラックスターはどれがいいの?」
「じゃあ手裏剣」
シュリケン?俺が首をひねった瞬間、わずかに頷いた中務さんが、マカの時と同じ耳鳴りを伴って、巨大な手裏剣に変化した。俺は口をあんぐりとあける。
ブラックスターは星型の手裏剣と化した中務さんを片手で受け止めると、机の上に乗ってぐるぐると振り回した。続けて命令する。
「次、鎖鎌。続けて忍者刀」
『はい』
どこかから響く女子の声。振り向きそうな俺の頭を、マカががっしり捕まえて離さない。見逃すなってことだろう。押さえ付けなくても、誰が見逃したりするものか。
ブラックスターの手の上で、中務さんは自在に姿を変える。長い鎖を付けた鎌だとか、短刀に変化していく。ブラックスターはそれらを数度振り回しただけで、特に感慨もないし、辛そうな素振りも勿論見せない。こ、これが、普通?最終目的?無理だ。
「椿ちゃんはね、多変型なの。変化対象を何個も持ってる。ものが小さいから部分変化はできないけど、そんなことは全く無視できるレベルのスーパー高性能よ。正直私の武器になって欲しいわ。ねえブラックスター、交換しようよ。ソウルあげるから」
「いらねえよ」
ブラックスターは呆れた調子で言い捨てた。取引の材料にされたあげく見向きもされないというのは、悲惨な話である。
空中で手を離された刀は、床に着く前に再び少女の姿を形作る。元に戻った中務さんは、ぺこりと頭を下げた。
「どうでしょうか?ちょっとは参考になったでしょうか」
「ちょっとも何も感動しました。ありがとうございますほんと、マジです」
えへへ、と中務さんは笑った。マカに見習わせたいほどの柔和な微笑みである。
「何デレッとしてんのよ。次来るわよ次」
「次って、ここに来んのかよ」
「移動が面倒だから呼んだの。どうせ隣のクラスだしね」
こちらから出向くんじゃなかったのかい。マカのネットワークは大したものである。こいつはあれか、卒業後に会社でも起こすつもりなのか。
時計の秒針ががちりと鳴り響く。ドアが開いて、入ってきたのは、三人?
「やっほーキッド君。わざわざありがとう」
「随分な大人数だな。きっちり席に着くといい。人数的にシンメトリーだ」
妙なことを言いつつ入ってきたのは、黒髪に変な模様がある男子生徒である。目が真っ黄色だ。こいつは知っている。どっかのお坊ちゃんらしい、えらく成績のいい職人だ。マカ、どうやって知り合ったんだ。
黒髪の職人は後ろに女子を二人連れていた。マカは律義に紹介する。
「黒いのがキッド、職人ね。後ろの二人はリズとパティー。二人ともキッドの武器」
「二人とも?」
俺は目を丸くする。キッドと紹介された黒髪は、俺の声に体を傾けた。
「俺のクラスは職人がひとり少ないんだ。俺が武器を二つ持つことで均衡を保っている」
「嘘よ嘘。キッドってめっちゃ神経質でね、左右対称じゃないと暴れたあげく鼻血出してぶっ倒れんの。病気なの。学校で気遣って、両手に持った時シンメトリーになるようにしてやってんのよ」
マカはすかさず訂正を入れた。キッドの後ろにいたおかっぱの女の子が、きゃははは!と笑い声を上げる。無邪気な様子だが、ちょっと怖い。
キッドはマカの暴言など聞き流すことにしたらしく、腕を組みつつ質問をする。
「で、何だ。まさか本当に武器にさせるためだけに呼んだのか」
「ご名答。さすがキッド君、よく分かってるじゃない。リズもパティもわざわざごめん。こいつほんとに出来が悪いの。コツとか教えてやって」
「コツねえ……」
「私達は普通にしてるだけだしなー」
「あー、あれだな、肩がこる」
「あ!肩こるよね!痛いよね!」
武器の二人はそれぞれに感想を言い合う。武器化は体に負担をかける、という認識でいいだろうか。
キッドが咳払いをして、場を収める。
「お前ら、こんな失礼な奴の前からさっさと消えるぞ。銃になれ」
随分と鷹揚な物言いだが、いつものことらしい。二人の女生徒は適当な返事をすると、キッドの両脇に立ち、同時に耳鳴りを起こさせた。ぐわんぐわんぐわん。俺がふらついている間に、キッドの両手には確かに、銀色に光る銃が、二丁。
「………………」
段々慣れてきたが、これはありか、ありなのか。何だ銃って。どうしたら人間が、こんなに小さなものに収まってしまうんだ。俺はマカの変身を思い出す。さっきの中務さんといい、自分の体格よりも小さくなることが普通なんだろうか。
ぼけっとしている内に、昼休みが終わってしまったらしい。マカに首根っこを引っ張られてクラスに戻っていく。帰り際にブラックスターと目が合う。
「ご愁傷さん」
言われたくねえよ馬鹿野郎。
どんなに力もうが指先ひとつ変化してくれない俺の体。いっそのこと職人とやらに転向した方がいいんじゃないのかと思うが、勿論俺の職人様はそんなこと許してくれない。
「放課後も何人か呼んであるからね。ぼけっとしないでよ」
「俺もういいよ……諦めてきたよ。つうかマカもっかいやってみせてくれよ」
「私は武器じゃないから腕しか変えられないもの」
「腕だけでいいよ。マカのが一番感動したもん。衝撃って感じ?」
「その気持ちを是非持続させてね」
俺は結構本気になって誉めているというのに、マカは聞き流すだけだ。酷い話である。
放課後最初の目的地は隣のBクラスである。授業が終わった直後なので、まだ生徒が沢山いた。マカは何故か外から様子をうかがっている。昼休みとは正反対である。
「なあ、誰探してんの。俺聞こっか?」
「黙って!面倒なのよ、今回のは」
マカが言い終える前に、おやまあ!という声が教室内から響いた。マカはげえっと顔を歪める。
「そこでこそこそ覗いているのはマカさんじゃありませんか!何か用ですか、わざわざBクラスにおいでなさって、まあまあ」
「…………うっさいわね、何の用があったっていいでしょうが」
声を上げたのは、おかしな眼鏡をかけたスキンヘッドの奴だった。頭はつるっつるの癖に線は細く、何だか異常な外見である。
眼鏡の彼はマカの前までやってくると、腕を組みつつ皮肉げな笑みを浮かべた。
「そういえばマカさん、前回の模試はどうでしたか?」
「何よ、自分が学年で一番だったって自慢したいの?」
「いえいえ、それは次の筆記試験で分かることですから?今から詮索したりはしません、ええしませんとも」
「前回も私が一位だったし、次も一番よ。負ける要素がない」
「前々回と入学当初は、僣越ながら僕が一位でしたのでね?わずかながらアドバイスをと思いましてぐあっほぅ!!」
意気揚々と話す眼鏡から、急に悲鳴が上がった。ぎょっとして視線を移すと、マカの右手が彼のみぞおちに深くめりこんでいる。
「あら失礼。ちょっと体が滑ったわ。オックス君の言う通り、勉強のしすぎなのかしらァッ!?」
冷たい目で言い放つマカの語尾が妙にかすれる。俺がおどおどと視線を更に下に落とすと、眼鏡の彼の足が思いっ切りマカの足を踏み付けていた。
「おっと失礼。突然原因不明の腹痛に襲われましてね。よろけてしまいました」
「………………」
「………………」
ドン引きしている俺を尻目に、二人はバチバチと火花を散らした。頭のいい人間がすることなんてさっぱり分からない。いつか俺もあのレベルに行けるのだろうか、きっと無理だろう。
先に下がったのは眼鏡の方だった。くいっと鼻の上まで押し上げ、一回咳払いをする。
「それで、何でしたか。武器への変化を見学したいと」
「そうよ。隣の教室使いましょう。ハーバー君は?」
マカが見知らぬ人名を呼ぶと、眼鏡の後ろから更なる眼鏡がぬっと現れた。にこりとも笑わない男子生徒である。
武器であろう彼は無言で俺を一瞥すると、ぬるりと教室を抜け出し隣に向かった。妙な強制力があり、俺達はそれに従うしかない。
「…………あまり」
扉を開ける瞬間に、武器眼鏡君はぼそりと呟く。ひとり言かと思ったが、どうやら俺に向けて言っているらしい。
「あまり、気負わない方がいい。何も考えない方がスマートだ」
「あ、ああ、うん、そうだろうね?」
俺は曖昧な返事を返した。どうやら彼は、俺がさっぱり変身できないってことまで分かっているらしい。この調子で広がっていったら、全校生徒に俺が駄目武器だということが知れ渡ってしまうことだろう。空恐ろしい。
スキンヘッド眼鏡がもう一回咳払いをする。
「ええ、では、とりあえず武器化してもらいます。全身を武器へと変えた『武器』を扱う職人の心構えとしては」
「そんなこと知ってるから、早く実例を見せて。あとがいるんだからてきぱきと」
マカは手を振って演説を遮った。優秀な職人様はそれくらいとっくに理解していると言いたいのだろう。職人眼鏡はむう、と黙ったが、それもそうですねと言い直した。武器眼鏡君に目で合図する。
うおん、うぉんうぉん。
また耳鳴りだ。全く、慣れないものを見ているからなのか、それとも俺の中の武器としての血がうずくのか知らないが、武器化する様子を見ていると俺は必ず頭が痛くなる。テレビ画面を長時間見続けている子供のよう。耐えられない、けど、刺激が欲しい。
職人眼鏡の手に握られているのは、薄い黄色の槍のようなものだった。長さは職人の背を超えているが、柄は細い。先の方が変に曲がった形になっている。成程、武器君の言い方を借りるんじゃないが、実にスマートな武器だった。
職人眼鏡は槍を軽く振りつつ、説明を始める。
「ハーバー君は槍へ変化できましてね、勿論強度も優秀ですが、それ以上に凄いのは放電能力を持っていることでして」
がらっ。
説明を遮るように、前の扉が開いた。誰かと思えば、またもや見た記憶のない女子二人組である。彼女らもあれか、マカが呼び寄せた職人と武器か。この調子なら二年全員を呼んでくれそうだな。
「やっほーマカ。来たけど、ここで合ってんの?」
「合ってるよ。ありがとキム。ジャッキーも」
マカは席を立つと、女子二人組の方へ向かった。ついでに持っていった鞄の中から何かを渡している。
「はいこれ。お礼の学食タダ券。今月までだから気をつけてね」
「おわっ!さすがマカ、どうやって手に入れんの?ありがとう助かるわあ〜」
何かと思ったら取引していた。武器化するのを見せるだけでお礼が必要なのか?怖い世の中だな。
そうだ、武器といえば、説明が途中で終わっていた。ついそらしてしまった顔を戻すと、そこに何故か職人の姿はなく、人間へと戻ったスマート眼鏡君がたたずんでいるだけだ。あれ?などと俺は首をひねる。どこへ行っ、
「キィィィムゥゥゥ!!お久しぶりですね!再びあなたにお会いできるなんて、もうこれは運命としか言えないのではないでしょうか!」
「さっきまで同じ教室にいたでしょうが」
「僕にはあなたに会えない時間が一分だろうが一秒だろうが永遠の地獄に感じるのですよ!」
「あんたがお金持ちになったら毎日会ってやるわよ」
イエスマイロード!後ろから敬礼の声が鳴り響く。今日のドン引き二回目。ちなみに二回とも同じ人物が関わっているわけだが、あの眼鏡君、大丈夫だろうか?マカと同じく勉強のしすぎで頭がおかしくなっているんじゃないだろうか。
ギロッ、と振り返ったのは、予想していた職人様ではなく、ボブカットの女子の方だった。求愛を完全に聞き流し、ロングの子を率いてずかずかと進んでくる。俺はその迫力に思いっ切り萎縮してしまう。頼るべきマイパートナーは、空いている机の上に座って退屈そうにしていた。
「あんたがマカが言ってた『変身できない武器』?」
「う、あ、はあ、そうっすけど……」
「武器になるための簡単なやり方を教えてあげるわ。ジャッキー」
ボブカットは武器を呼ぶ。俺との距離はかなり近い。後ろでスキンヘッド君が叫びのポーズで凍り付いているが、構っていられない。
短い耳鳴りのあと、彼女の手には、随分と歪な形の武器が握られていた。パッと見ではどうやって使われるのか分からない。三フィートくらいの棒の先に、明るく光る光源が入った直方体がついている。そうしてそれは俺の顔面すれすれに向けられていた。熱い。光源からは熱さを感じる。
「ジャッキーはランプ。これは変形させたものよ。使いどころがないって思ってんの?それは違う、全然違うわ」
彼女は俺に武器を突き付けたまま微動だにしない。眉を寄せて、低い声で言う。
「あんた以外にも分かってない奴らが一杯いるみたいだから一応言っとくけどさ、武器はあくまで武器よ。名前の通り、人を傷付けるための道具。その役割がなかったら存在しちゃいけない道具。この学校ではまるで儀式用具みたいだけど、本当は全然違うの。その点分かって変身しようとしてんでしょうね。いい?あんたが武器になったら人を殺せんのよ」
人を殺せんのよ。
俺はギクッとした。当たり前だが返す言葉がない。見付からない。
だって、だってそうだろうが。昨日まで人間が武器になるなんてクソみたいな妄想だと思っていた奴に、急に倫理的な覚悟を求められたって、つまるだけでうまい答えを出せるはずがない。
ランプ職人はふう、と息を吐くと武器を引っ込めた。しゅるしゅると柄の部分を縮めて行く。すると出てきたのは、確かにランプである。
「これが元のバージョン。ちなみにさっきの状態だと、明かりの部分から火を吹く。言うなれば火炎放射機ってところ?」
「ソウル、あんた丸焦げ直前だったのよ。キムに感謝しなさい」
職人の女子二人怖いわっ!何も知らないひ弱な武器を一体どんな目に遭わせるつもりだったのか。俺はとりあえず、変化したままのランプから距離を置くことにした。自然とマカに近寄る形になる。
足を組んだままの職人様は、近くに来た使えない武器を見上げて、ぼそりと呟いた。
「どう?武器になれそう?」
「無理……かも……」
はああああ。マカは政府の重鎮もかくやというような深いため息をついた。ほんとごめん。でも俺だって泣きたい気分だよ。
三日目:
「……うん、うん、知ってる……うん、ありがと、じゃ」
放課になってすぐ、マカは教室の後ろでこそこそ電話していた。俺の真後ろなので会話は丸聞こえだが、マカとしては教師に見付からなければいいって考えらしい。
電話を切ってすぐ、マカははあとため息をついた。最近気付いたことなのだが、この優秀な職人様はため息をやたらとつく。
「ため息つくと幸せが逃げるらしいっすよ」
「もう逃げまくってるからどうでもいいのよ」
「電話、先輩?」
「先輩」
再びため息。先輩とはマカの彼氏のあだ名だが、俺だけが使っていたものを何故かマカまで使うようになってしまった。
マカに彼氏さんがいるということを知ったのは一か月くらい前だろうか。この優等生も人並みに恋などするんだなと思って感心した記憶がある。マカは先輩の存在をまるで隠さないので、俺は無駄に詳しくなってしまった。名前こそ覚えていないが、校内で遭遇したらこちらから声をかけてしまうだろう。
携帯電話をもてあそびながら、マカは無表情に声を出す。
「はー……意味分かんないわもう……」
「何かあったん」
「あっちも使えない武器と組んでるってことよ」
「そりゃあ悪うございましたね」
「問題なのは先輩も使えない職人ってことだけどね」
「……先輩可哀想に」
「別にソウルの知ったことじゃないでしょうが」
俺は先輩の将来を思う。この辛辣な口調は、きっとデートの時だって繰り返されているのだろう。先輩は毎回ビクビクしながらエスコートしているに違いなかった。
「じゃー先輩も残ってんだ。一緒に帰ったりしねえの?」
「それが無理だって話をさっきしてたの。あっちは卒業がかかってんだもん。泊まり込む勢いだよ」
「うっひゃー、そりゃ深刻だな」
「こっちも深刻でしょ。先輩はどうでもいいからさっさと行く。時間が勿体ない」
俺はへえへえと唸った。マカは携帯をしまって席に荷物を取りに行くが、その顔にはどことなく苛立ちがあった。何だかんだ言いつつも、彼氏と会えないことが苦痛なのだろう。可愛いところがあるじゃないか。
まあ、俺の頭は逆のことを考えている。つまりは一刻も早く別れてしまえということなのだが、マカには言わない。というか、世の中の全てのカップルに悲惨な破局を迎えてもらいたい。理由は単純で、俺が二年に上がる際にフラれたからである。
いまだにフラれた理由がよく分からないのだが、ともかく俺達は別れた。三か月くらいでさっさと終わってしまった。一体何が悪かったのだろう。俺がさっぱり変身できないことが悪かったのだろうか、会う度に耳鳴りがすると言っていたのが悪かったのだろうか。それか。
今思えば向こうも武器だったのかもしれない。俺は当時武器か職人かという区別に全く興味を持っていなかったせいで分からなかったが、耳鳴りといえば最近判明した武器化に伴う俺特有の症状である。彼女はもしかしたら俺と会う度に緊張して力んで、体のどこかが武器になってしまいかけていたのかも。そう思うと納得できそうだ。いや、無理だけど。
なので俺はいまだにそれを引きずって廃れている。マカから先輩の話を聞くのは面白いし、他の知り合いでも同様なのだが、聞く度に思ってしまうのだ。「春よ来い!早く来い!」
「春よ来い!早く来い!今すぐ来い!」
「うっさい!永遠に冬でいいわ!」
繰り返して歌っていると、前を行く職人から喝が飛んだ。酷いなあ。
四日目:
今日も変身できなかった。
五日目:
今日も変身できなかった。
六日目:
今日も変身できなかった。
七日目:
今日も「やめろこの馬鹿武器が!呪いの呪文か!雨の日は無能なのか!うまいこと言ってる暇があったら少しは練習しやがれ!!」
ついにマカが汚い言葉遣いになった。こうなったらもう手の施しようがない。俺は亀のように固まって罵声を浴びる以外ない。反論言い訳もっての外である。すいませんごめんなさい。謝罪を的確に挟む。
マカは肩をいからせて荒く息を吐いた。そりゃあ苛立つってものだろう。今日は休日。俺達は部活もないのにわざわざ学校に集合して、報われない訓練を繰り返しているのである。
「いーい?こうよこう、こうやって変化させんの。もっかい見なさい」
マカはもう何度目だろうか、腕だけを武器化させてみせる。しかしそれは最初の感動をもう生み出してはくれない。俺の中には、ランプ職人の言葉が、それこそ釘のようにぶっ刺さっていて、さっぱり抜けてくれないのだ。
つまり、武器は人を殺す道具なのだということ。目的は違うだろうが、マカが俺を変身させるということは、最終的に俺が誰かを傷付けるかもしれないということだ。しかも己の体を凶器にして。
それって凄く怖いことじゃないのか?全身を武器化させた武器は、職人に振るわれている間にも意識を保っていられるんだろうか。俺の知らない内にマカが誰かを傷付けて、人間に戻った時には全身が血まみれだったということにはならないだろうか。確信は持てない。
分かっている。マカはそんなことをするような人間じゃない。マカ以外にも、俺が今日まで会ってきた連中、ブラックスターや黒髪の銃使い、スキンヘッドにランプの子、どの職人も、自分の意思をしっかり持っていて揺らぐことはない。きっと、自己の言い分だけを押し通して武器を使うことはないだろう。だから武器を振るえるのだろうし、職人として成立しているのだと思う。
じゃあ、その使われる方の覚悟は?
自分が誰かを傷付けるかもしれないという不安は?
完全に武器化した時に意識が持っていかれるんじゃないかという恐怖は?
俺にはその全てが過大で、欠けているように思えた。武器になれないのは体質でも才能でも何でもない。単純に、俺自身が、変身したいと強く思っていないから、それだけなのだ。
俺は深くため息をつく。こんなことに今まで気付かないとは、俺はどれだけ呆けていたのだろう。目の前に立ち尽くしたまま動く気配のない武器を見て、優秀で迷いがない職人はいぶかしげに眉を寄せる。
「ソウル?何してんの?体調悪いの?トイレ行きたいんなら行ってきなよ」
「…………いや、違う、違くてさ、俺さ、色々考えたんだよ、武器について」
「…………そんなにキムの言うことが身に染みたわけ?」
「染みたよ。びっくりした。あんな考え方もあるんだな」
「当たり前じゃない。武器なら誰でも思うことでしょ。何も考えずに、『面白そうだから』なんて理由で武器を選ぶのはあんたくらいのものよ」
高圧的な言い方に顔を上げる。マカは武器化していた腕を元に戻し、背筋をしゃんと伸ばして立っていた。身長は俺の方が高いのに、酷く高いところから見下ろされているような気がする。昼を回った中庭は影を短くして、マカを覆うけど俺までは伸びない。マカの顔は影に隠れてはっきり見えた。目をそらさない。俺は少し萎縮する。人の目を見て話すという経験が、あまりないからだ。
「別に、何も考えないで武器になったわけじゃねえよ」
「じゃあ何を考えてたっていうわけ?何も考えなかったら武器になれるはずがないじゃない」
「だから今考えてるだろ。だってさ、お前、知ってんだろ、武器って、誰か殺すかもしんねえんだよ?怖くねえのかよ」
「怖くないわ。全然怖くない。私は職人だから、何も考えないで適性がA+++だったってだけでお気楽に武器を選んだ馬鹿よりは、よっぽど覚悟決めてるわよ」
ぱんっ。
場違いなほど大きい音が辺りに響き渡る。誰かいれば振り返っていただろうが、休日の中庭だ、いるはずもない。
俺は事態を飲み込むのに少しかかった。馬鹿だ、阿呆だ、ほんとに間抜けだ、救いようがない。あれだけ誰かを傷付けるのが怖いと言った癖に、目の前にいる女の子を殴ってしまった。
おい、おいおい、おいおいおいおい俺は正気か!?女子だぞ、顔だぞ、職人だぞ?この年になってカッとして女子を平手ではたくなんて、俺は一体どんな人間なんだよ!本当に人間なのかよ!
俺の右手はジンジンと痛み、殴られた勢いのまま顔をそらせたマカはこちらを向きもしない。勿論泣かないし、頬をいたわることもない。ただ低く呟く。
「……先に手え出したってことは、勿論その覚悟があるってことよね?」
「…………」
見えているのか分からないが、俺は頷く。こく、
ばんっ!
ん、と顔を上げる瞬間に、物凄い平手が飛んでくる。いってえ、まるで暴風みたいだ。あらかじめ聞かれていなかったら体ごと吹っ飛んだかもしれない。
お互い右頬が痛んでしばらく会話にならない。どう切り出せばいいのか分からないし、そのきっかけすら俺には掴めない。その権利もないのかもしれない。
やっちゃった。ごめん、マカ。他の相棒探してくれよ。ほんとに悪かった、使えない武器でごめん。
「……さて、謝んないわよ。おあいこでしょ?いい訓練になったかな。ソウル、何いつまでも突っ立ってんのよ。あんたが変身してくれないとしょうがないでしょ、私の武器はあんたしかいないんだからね」
「…………俺、もう無理っす。悪いけど、ごめん」
「何言っちゃってんのよ。いい?よく聞きなさいよ、あんたの職人は誰?ブラックスター?キッド?オックス君?キム?違うでしょ、誰なのよ、答えなさいよっ」
「…………マカ」
「そうでしょうが、ばっかじゃないの、あんたの職人は私だし、私の武器はソウルでしょうが!ほんとにもう何考えてんのよ!何も考えてないでしょ!?ちょっとは頭使いなさいよ!適性最高ランクの武器がふ抜けたこと言ってんじゃないっての!あんたねえ、もっと自信とか自尊心とか誇りとかそういうもの持ってよ!下ばっか見ていい気になってんなよッ!!」
マカは怒鳴る。怒鳴るだけじゃない、足を踏み鳴らして俺の肩を叩く。その力は女子とは思えないくらい強くて、俺の肩はどんどん痛くなる。痛みに耐えられなくて、何だか顔が歪む。顔っていうか、あれ、嘘だろ、目が熱い、目許が変に膨らんでいて、おいおい、俺って本当はいくつなんだ?泣くなよ!
「う……うええええ……」
「泣くなよこんなことで!泣くなら明日泣きなさいよ!変身できたーああ嬉しいー、って泣きなさいよ!」
「うええ……だっ、だってー……マカがいいこと言うしさー……うえええ……かはっ、げほっ、げほっ、うええ」
俺はむせてしまう。泣いたのなんて久しぶりだった。しかも人前で泣くとかもう何年ぶりだろう。呼吸の仕方がさっぱり分からなくて、最終的に背中を丸めて咳き込んでしまう。マカはそんな俺の様子を見て、呆れた声で呟いた。
「ちょっと……もう……ほんとにさあ、しっかりしてよ、武器でしょうが」
「うっく、げほっ、はあああ、どうせ、役立たずっすよ、うえええ」
「そんなこと言ってないでしょ。馬鹿は言ったけど役立たずは言ってない」
「言った」
「言ってない。言ったとしても忘れて。ってか昔のことは全部忘れんの。あんたにとって重要な未来は『課外授業』をクリアした先にあんのよ。そこ以外見ちゃいけないの。分かった?」
俺は頷く。妙な呼吸と体の震えは治っていないが、頭は働くようになってきた。あれだ、恥ずかしすぎて死にたい。さっきまでのビービー泣いていた自分をはっ倒したい。
マカはパン、と手を鳴らした。
「さて、ソウルのやる気が戻ってきたところで、ちょっとは練習進めるわよ」
「お、オッケー。ベリークール、ワンダホーマスター」
「意味分かんないこと言ってないで。どうやったら一部分でも変化できるのかしら……ちっくしょう、何でこいつってこんなに馬鹿なの……」
ばっちり聞こえてるぜマイマスター。俺だって知りたい、知りたいが、馬鹿だって関係ない。適性はあるんだから、変身はできるはずなのだ。あとはやる気と覚悟だ。おうとも、見ていやがれ、明日には完璧に変身して、偉そうな職人様を泣かしてやる予定なんだからな。
ちっとも変化しない指先を見つめ、俺とマカは揃って息を止める。妙に緊張する。俺は自身に言い聞かせるようだ。変われ、変われ、変われ、何でもいい、何でもいいさ、棒でも鎌でも何でもいいから、ちょっとは変わってくれ!
ざくっ。
発泡スチロールにナイフを突き刺したような音がする。
俺はギョッとして、少し背中を曲げた姿勢で固まってしまう。マカも同じで一瞬停止するが、すぐに俺の手から目をそらして、何か異変を見付けたように声を上げた。
「あっ、あっ、あああああ、ああああああソウル!!」
そのままゆらゆら揺さぶられる。俺は緊張と涙の後遺症で脳みそに血が回っていないので、ちょっとの振動で頭がくらくらした。
「うっ、わっ、何だよ、何かあったのかよ」
「ううう後ろ!後ろ見なさい!触っちゃ駄目よ、向き返るだけにしなさい」
珍しくマカが興奮している。俺はちょっと気圧されながら、言う通りに振り返った。首が痛い。
俺の背中からは、赤と黒に光る刃が、垂直に突き出ていた。
「………………」
「………………」
「………………」
「何黙ってんのよ、少しはわーとかきゃーとか言ったらどうなの」
「い、や……実感が、なくて……」
俺は言葉につまる。目をこすってもう一回背中を見る。まるで俺の体を貫くようにして生えているのは、そうだ、マカのやつに似ている、大鎌の刃先。まるで違和感はなく、耳鳴りだってしない。
マカは背中に回り込んで、じろじろと観察しているようだった。
「成程成程。適性A+++の武器はこうなるのね。私はこれを持ち上げなきゃならないのか……ふん、まあいいわ。とりあえずソウル」
不意に名前を呼ばれる。少しうわずった声で振り返る。マカごと真っ二つにしそうで怖い。
目の前にいる職人は、滅多に見せないような明るい顔に、初めて見るような笑顔を浮かべた。
「おめでとう。武器になれたじゃない。この調子なら楽勝!さて、もう少しやるか!」
「…………うええええ」
「また泣くか!あんたは阿呆なのか!」
「うええ……ほっとした……うえ、よかった、まじでよかった、俺駄目武器じゃなかった、うええええ……」
ほっとしたあまり、また涙腺が崩壊する。背中に鎌を生やした姿でめそめそしているのは異常だと思ったが、止まらないものは仕方がない。しかもマカが笑うし、明るいし、何だか妙に優しいし。俺明日死ぬんじゃないのかな。
マカは呆れて腰に手を当てた。
「まだ全身の変化はできてないでしょうが、感極まるとか早すぎんのよ。とっとこれ引っ込めて、次やってみせて」
「うう、うええ、マカ、ここで俺からの残念なお知らせ……」
「何よ」
俺は鼻水をすすりながら、半笑いの顔を作る。
「どうやったら引っ込むのか、分かんねえ」
「………………」
マカの体がぐらりと揺れて、地面に手を着くのが見えた。たったこれだけの台詞で、俺はマカを屈伏させてしまった。
武器って凄いなあ。
八日目、つまり本番当日:
「はい、じゃあ次ね。マカとソウルの組。三番の部屋行って下さい」
学年主任の無機質な声が聞こえて、俺とマカはのろのろと腰を上げた。マカも俺も、お互いに言葉を発したりしないくらい、疲れ切っていた。テスト前だというのにこの体たらく。マカの歯ぎしりが聞こえてきそうである。
結局、背中から生えた刃をどうにかして引っ込めたあと(一時間以上かかって、最後の方にはマカに折られそうになった)、俺の体は二度と変化しなかった。一回目の時みたいに、じっと見つめて集中!しても何も変わらなかった。そりゃあマカも黙るしやつれるってものだろう。俺は言い訳のしようもないので、せめてテストが終わったあとは教師に事情を説明するつもりだった。マカは優秀な生徒だから、組み合わせを変えて実演してもらって、それまで評価を待ってもらいたい。俺と組んだのは運が悪かったせいだから、それだけが彼女の実力ではない。そんなことを言うつもりだった。
指定された教室に向かうまでに、隣を歩く職人を横目に見る。苛付いているらしく、眉間にシワが寄っていた。あっという間に目が合って睨まれるが、すぐにそらされる。
そうこうしている内に教室に着いた。『課外授業』との言い分なのに、校内で行うとは。単純に普段やっているカリキュラム以外の授業だということらしい。しかもどうやら学年が上がるにつれて増えていくみたいなので、俺の憂鬱は想像して頂けるだろう。
中にいたのは担任の教師だった。いつも白衣を着ている眼鏡の変人。生徒間でのあだ名は『博士』で、どうやら本人も知っているらしく、うっかり呼んでしまっても嫌な顔はされなかった。
博士は退屈そうな顔で、持っているボードを揺らし、俺達の成績が書かれているだろう紙を見つめた。何の気なしに言う
「マカ=アルバーン、職人。ソウル=エヴァンス、武器、変化対象は鎌。さて、どうぞ」
「へ?」
俺は思わずすっ頓狂な声を出した。隣でマカが顔を上げ、博士が問う。
「何ですかソウル」
「え、いや、俺、鎌なんすか?」
博士は欠伸でもしそうな顔だ。何を馬鹿なことを聞いているのかとでも言いたげである。
「ええ、鎌ですよ。ソウルは鎌。鎌以外にはなれません。入学の時のテストでそう言われませんでしたか?」
……。
……。
……。
沈黙。俺は立ち上がったまま座れない。
何だと、そんなこと、初めて聞いたんですけど。隣の職人は低い声で、俺を殺しそうな目付きだった。
「……あんた、まさか、今の今まで、自分の、武器、知らなかった、の……?」
「………………」
「目ん玉回したってわっかんないってのよ、声に出して答えなさいよ」
「…………知り、ません、でした……」
「阿呆かああああああ!!!」
声に出した途端、マカの回し蹴りが俺の尻を直撃した。俺は姿勢を崩され博士の近くまで吹っ飛ぶ。俺を見た博士はいまだに退屈そうな顔で、ため息をつきながら眼鏡を上げ直した。
「マカ、暴れるんなら評価はEにするけど」
「はいっ、すいませんでした!ソウル!戻りなさい!さっさと!鎌に!なれ!」
マカは敬礼でもしそうな勢いでさっさと反省し、犬を呼ぶ動作で俺を招いた。俺は何故だか泣きそうになりながら、尻を引きずって職人の隣に戻る。マカは俺の方に手を突き出した。
「……いくよ、ソウル」
「イエス、マイマスター」
なるべき対象が分かった俺は、今までの一週間が何だったのかと思えるほどあっさりと、予想していた通りの大鎌に変化した。
武器になるために必要なことは覚悟でも思考でも知識でもない、ただの「変化後の形」だったらしい。全く、お粗末な話である。
評価?評価はおして然るべきだ、想像して下さいな。
2009:01:23