マカの前髪をざっくりと切ってしまったお陰で、俺は飛び蹴りを食らって床にぶっ倒されエビぞりに背中を極められたあげく、自分の前髪までクロナ仕様に、つまりはざんばら不揃いに切られてしまった。
これじゃあまるでオチムシャ(椿に前聞いた存在で、髪の毛を振り乱した恐ろしい形相の人間らしい)である。情けないにもほどがある。あとマカの腕力が上がりすぎていて怖い。本当に怖い。何せこいつ、毎日地味に筋トレを続けているのだ。夜中にハアハア言ってるのを見て俺は腰が抜けるかと思った。事実壁にすがりついて部屋まで戻ったし。いつか俺を殺すんじゃないかと予想している。少なくとも腕くらい折るんじゃないかと思っている。前髪の話からここまで連想する俺は、正直なところ馬鹿だ。かなり阿呆だ。
お互いに散々罵り合って冷静になって、ようやく今後の対策を考えた。どうやってこの面白い前髪を隠すか。議論はこれに尽きる。
「どうする?」
「どうするって」
「どうしよう?」
「繰り返すなよ」
「てかさ、ソウルはもう切っちゃいなよ。ブラック☆スターくらいにさ。さっぱりするよ。前が見えやすいよ。後ろも切ってあげるよ」
「やめろ!ハサミ持って近寄るな!」
マカは終始真顔である。俺は思わず左手だけ鎌にしようなどと考えたが、これで今度は後ろ髪まで切ってしまったら、俺は間違いなく殺されるだろう。首を締められながら窓の外に吊るされるだろう。俺は首と手を必死に振って、マカの行動を拒否する。
「やめろ、やめてくれ、俺が悪かったから、落ち着こう、とにかく落ち着くことが大事だ」
「そんなことソウルに言われなくても知ってるよ、馬鹿」
「誰が馬鹿だこのデコ」
「丸刈りにするぞ?」
「対策!対策考えるんだろ!さっきみたいにピンで留めてりゃいいじゃんか」
マカは目を細めて俺を睨んだ。暴れたせいか、前髪はほつれて面白いことになっている。自分でもよくあそこまで目茶苦茶に切ったもんだと感心した。あの時の俺にはきっと何かが取り憑いていたのだろう、そうだとしか考えられない。
「そうね、どうせデコね」
「デコ見せてりゃいいじゃん。それか帽子かぶるとか」
「うちにまともなのないじゃん。ソウルはキャップとか似合わないし、つうか帽子の類は壊滅的に似合わない」
酷いことを言われているが、ここで言い返すのは同じことを蒸し返すだけだ。俺はぐっと我慢して、腕を組んだ。マカは神妙な顔で唸っている。リビングの真ん中で立ち尽くして悩む二人組。誰か入ってきたらどう思うだろう、不審がられないだろうか、気持ち悪く思うんじゃないのか。
マカはぎりぎりと歯ぎしりでもしそうな表情になり、そのままくるりと背を向けた。向かう場所は洗面所である。
「寝んの?」
「揃えんの。考えても馬鹿馬鹿しい、伸びるまで待つ。髪が目に入らなくて、前も見やすいし」
「マカ……お前ってほんと……男前だよなあ……」
「ソウルも今よりもっと男前にしてあげようか」
結構です。俺は黙って頭を下げた。マカはにっこりと悪魔のような笑いを浮かべたあと、父親に見せる冷たい無表情に戻り、せかせかと洗面所に向かった。
俺はひとり残された。自分の対策は自分で考えろということらしい。それにしても、あれだけ短くなった前髪(眉上一インチ)を、整えたらどうなるのだろうか。結構愉快なことになるんじゃないのだろうか。俺はそれが気になって、自分の前髪のことは忘れることにした。あれだ、そう、むしろ真ん中分けとか七三分けとか、そっちの方がクールだ。三十年後には。俺は時代を先読みしているのだ。もうそう考えよう。面倒だ。
と言いつつマカはいつまでも出てこないわけで、無駄な言い争いで疲れた俺は机の上に突っ伏して目を閉じているわけで、眠気が襲ってくるのは当然の帰結だろうね。ごめん、マカ、俺明日の朝爆笑してやるから、今日は先に寝るわ、お休み。
2008:11:18