「ソウルー、腕相撲しようよ」
食器を片付けたマカは、戻ってくるなりそう切り出した。俺がはあ?と顔を歪める前に、さっさとテーブルを拭いていく。
「何やってんの、早く準備してよ」
「いや、何で腕相撲なんだよ」
「前はよくやってたでしょ?久しぶりにまたやろうかなーって」
俺は頭から記憶を引きずり出してみる。やってた、やってたか?いや、やってないだろどう考えても。
マカは何の効果があるのか知らないが、腕を肩からぐるぐる回し、指を組んで準備運動らしきことをしている。ひと通り終えると、椅子に座って俺を睨んだ。
「ソウルは腕ならししないの?」
「しねえよ……つうか、俺とやっても意味ねえだろ」
「あるよ。だって他の人とやっても負けちゃうんだもん」
「他って?」
「……前は、ブラック☆スター……」
「そりゃ負けるだろ」
あと俺が負けるのも確実だ。職人と武器の違いは男女とかそういうところにはない。もっと根本的な、体の構造から違うと思う。何せマカはこの前リンゴを握り潰していたからな。クールすぎる。
負けた記憶がよみがえってきたのか、マカは顔を伏せてぶつぶつ呟いていた。
「……そりゃ負けたけど、あれは、何というか、あいつの握力がおかしくて……」
「キッドは?やったのか?」
「キッド君?いや、まだだけど。キッド君ならいけるかな……オックス君には勝ったんだ!」
ああそう。その光景が目に浮かぶようである。マカは机に投げ出した俺の手を握り、強引に腕相撲の体勢を作り出した。
「ブレアー、ブレア、ちょっと来てー」
そのまま居候の猫を呼ぶ。目は俺から離れてるのに、手はちっともずれない。この時点で、俺の負けは決まったようなものだろうが。
「にゃに?ブレアに何のご用?」
「今から腕相撲するから、開始の合図してくれないかな。いち、に、さん、でいいから」
「うでずもう?分かった、合図ね」
ブレアはテーブルの上にちょん、と座り、楽しそうにみゃーみゃー鳴いている。マカは身を乗り出し、真剣な目で俺の手を睨んでいる。やれやれ、仕方がない。俺も身を乗り出す。腕相撲をするには、このテーブルは少し大きい。
「マカ、もう数えていいの?」
「うん」
「じゃーやるにゃー。いち、にぃ、さんっ!」
合図と同時に、女子が出しているとは思えない力が俺の手にかかる。肘が滑ってバランスを崩しそうになるが、そこはどうにか耐える。耐えている。俺凄いじゃん!耐えてるよ!
ブレアは楽しそうな歓声を上げた。
「ワァオ!二人とも凄いにゃー!ブレアはどっちを応援すればいいのか迷っちゃうにゃー」
いや、どっちも応援しなくていいから、と俺は声に出す余裕もなく、手の甲が着かないように必死だった。何だか、嫌な予感がするものだ。



もふんっ。



横で気の抜けた破裂音が響き、同時に、俺の背中に何やら柔らかいものが当たる、っておい!!



バタンッ!



「やった!私の勝ち!」
「マカおめでとー!」
「お、おいふざけんなよ!ブレア邪魔すんな!」
俺は必死で背中のブレアを払いのけた。ブレアは嫌がらせのつもりか、わざわざ人間になって胸を押し付けてきたのだ。集中できるか!
ブレアはかく、と首を曲げた。
「ええ〜?ブレアはただソウル君を応援しようと思っただけなのにー?あっ、鼻血出てるよソウル君」
もに。もにもにもに。
ぶはっ!
マカは冷めた目で手首を鳴らし、静かに椅子から立ち上がった。
「………………もう寝るね。お休み」
「あ、お休みマカ〜」
「ぐはっ!何だ、何で俺だけこんな目に遭うんだよ!」
俺は出血でくらくらする頭を押さえつつ、テーブルに肘を着いた。時間はまだ夜の七時前である。ブレアは飽きたのか、また猫の姿に戻り、悠々と出ていってしまう。
さっき叩き付けられた手がじわじわと痛んでいる。俺はテーブルにうつぶせた。とりあえず、寝るか。





2008:9:11